加熱するマフィンで食中毒!?
そんなことってあるの!?
いったいどんな菌が繁殖していたんだろう…
最近SNS上で話題の「デザフェス マフィン食中毒事件」について、こんな驚きや疑問を抱いた方も多いでしょう。
この記事では、焼き菓子であるにも関わらずなぜ食中毒が発生したのか、その原因や問題点について解説します。
- お菓子作りにおける砂糖の役割と重要性が理解できる。
- デザフェスで発生した食中毒事件の原因がわかる。
- 食品安全に関する知識が向上する。
Youtubeでもザックリご覧になれます
「デザフェス マフィン食中毒事件」の概要
2023年11月11日と12日の両日にて東京ビッグサイト(東京国際展示場)にて開催された「デザインフェスタ」(通称「デザフェス」)。
そこで販売されたマフィンから、「糸を引いている」「腐敗臭がする」という報告や食後の体調不良が発生。
その後の対応について批判が殺到しSNS上で炎上、大規模な回収騒ぎとなった事件です。
デザフェスとは
東京ビッグサイトで年2回開催される、アジア最大級の国際的アートイベントです。
フード以外にも手芸やイラストなど様々なアーティストがブースを構え、各々の商品を販売・展示しています。
そのうちの一つ、洋菓子店「Honey×Honey xoxo(東京・目黒区)」のブースから出品されたマフィンで問題が発生したのが今回の事件です。
※未関係の他店舗に悪影響が及ばないよう、店名を明示させて頂きますことをご了承ください。
問題のマフィンの状態
SNS上で話題になった動画では、当該店舗で販売された「栗マフィン」の栗から納豆のような糸を引く様子が確認できます。
※該当アカウントは他メディアでの動画使用を禁止しているため、ここでお見せすることは出来ませんことをご了承ください。
他にも多くのアカウントから以下のようなコメントが挙がっていました。
- 納豆のような臭い
- 腐敗臭がする
- 一口食べて吐き出した
- ボソボソとした食感
- マフィンとは思えない硬さ
最初、写真を見た時はスコーンかと思いました…その原因も後述します。
危険性の高い「Class 1」と認定
厚生労働省の公開回収事案詳細によると、健康への危険性の程度は「Class 1」と表示されています。
その分類例を見てみると、以下のように摂取により直ちに健康被害を及ぼしそうなケースが挙げられていました。
- 大腸菌汚染
- ボツリヌス菌汚染
- フグや毒キノコなどの毒
- 腐敗・変敗
- ガラスなどの異物混入
恐らくこの情報が公開された2023/11/14時点では原因菌の詳細はまだ検出されていないはずなので、「腐敗・変敗」の部分や体調不良の報告などを材料に判定されたのだろうと推測しますが、いずれにせよ重大な事案であることに変わり有りません。
考えられる原因菌
「糸引く」「異臭」はロープ菌
焼き菓子やパンの内部から糸を引く現象は「ロープ現象」と呼ばれるもので、ロープ菌が繁殖している証拠です。
ロープ菌はバチルス属の細菌で、日本では枯草菌とも呼ばれ同じ種(学名:Bacillus subtilis)として認識されています。
納豆菌も同じBacillus subtilisに分類される細菌ですが「var. natto」と追記され、その作用も異なることから明確な亜種として区別されます。
ロープ菌と枯草菌については明確な区分はありませんが、パンや焼き菓子の中で発生したものに対してはロープ菌と呼び、それ以外については枯草菌と呼ばれるような傾向にあります。
ロープ現象の仕組み
ロープ菌は焼成後のパンや焼き菓子の成分を分解することで、「ネト」と呼ばれる粘性物質を生成します。
ネトには主に2種類あり、一つは糖類から生成されたもの、もう一つはたんぱく質やアミノ酸から生成されたものです。
でんぷんなどの糖類を分解して生成されるネトは「デキストラン」と呼ばれ、透明で無臭です。
一方でたんぱく質やアミノ酸を分解して生成されるネトはデキストランよりも粘性が強く、強烈な臭いを放つ特徴があります。
加熱しても死滅しない
バチルス属の細菌は加熱調理しても死滅しない特徴があります。
高温に晒されると耐熱性の「芽胞」を形成し、細胞を熱から守ります。
その後、繁殖可能な温度に下がったら再び活性化し増殖を始めます。
ロープ菌や枯草菌による健康被害は?
ロープ菌や枯草菌自体には人体への病原性は無いとされています。
また、枯草菌は腸活サプリメントとしても活用されており、納豆菌同様に私たちの生活に役立つ菌として認知されています。
しかし、枯草菌による食中毒事案が全くないわけではなく、実際に昭和53年に長野県の中学校給食では枯草菌が大量検出された食中毒事件の記録が残っており、必ずしも100%問題が無いとも言い切れないのも事実です。
ただし、同じバチルス属の細菌の中には食中毒菌として有名な「セレウス菌」が存在します。
セレウス菌による食中毒の恐れ
セレウス菌(学名:Bacillus cereus)は、セレウス菌感染症を引き起こす食中毒菌です。
ロープ菌と同様に芽胞を形成することで加熱に耐え、繁殖条件も似ています。
そのためロープ菌と共にセレウス菌が繁殖していてもおかしくありません。
あるいは、ロープ菌が繁殖していなかった別のマフィンでは代わりにセレウス菌が繁殖していた、という可能性も考えられます。(ロープ菌による腐敗は異臭で食べることも困難なはずなので、この線もあるのではないかと推測しています)
セレウス菌感染症による食中毒症状には「嘔吐型」「下痢型」があり、今回の事件で報告されている体調不良とも一致します。
セレウス菌感染症の危険性
セレウス菌感染症は大きく分けて2種類あり、一つは嘔吐や下痢など食中毒症状を引き起こす感染症胃腸炎、もう一つは血液中に菌が侵入し発症する菌血症があります。
食中毒症状は一般的には軽度であり、1~2日で回復でき、人から人への感染も無いとされています。
しかし、「5日前に調理し常温放置していたトマトソースパスタを食べて死亡」というケースもあり、菌の繁殖量によっては命の危険が伴います。
トマトソースってカビも生えやすいし、菌にとっては天国なのかも…
菌血症自体もそれだけでは無症状である場合が多いのですが、乳幼児や高齢者など抵抗力の弱い人だと敗血症にまで症状が進行し、最悪死に至るケースもあります。
製造上の問題点
今回のマフィン食中毒事件では、製造上の問題も数多く指摘されています。
あらゆる問題点が複雑に絡み合い、相乗的に食中毒の可能性を高めていたと考えられます。
以下に、公表されている情報からわかる製造上の問題点について解説します。
砂糖を半分以下に抑えた配合
当該店舗のマフィンは砂糖を半分以下に抑えた配合であることを売りにされています。
そもそも消費期限の短いパンと違って、なぜ焼き菓子は比較的期限が長く設定されているのか?
それは砂糖の量がパンより多いことが大きな理由です。
砂糖を多くするほど生地内の浸透圧が上昇し、菌の繁殖を抑える効果があります。
焼き菓子の多くはパンより圧倒的に砂糖が多く配合されるため、その分日持ちも良くなるのです。
ついでに砂糖には保湿性があるため、通常のマフィンはしっとりとした質感になります。
しかしこの件のマフィンはゴツゴツで中身もボソボソしていそうに見え、見た目からしても砂糖が圧倒的に少ないことがわかります。
それにより、通常のマフィンよりも大幅に日持ちが低下したことが考えられます。
※画像引用:厚生労働省「回収公開事案詳細」
塩が入っていない
砂糖と同様に、塩にも浸透圧による抗菌作用があります。
更にその効果は砂糖の12倍のため、砂糖を減らしても食塩量を調整すれば保存性の低下をある程度抑えることは可能です(100%再現は出来ませんが)。
しかし、当該のマフィンの成分表示を見ると…
なんと食塩の記載がありません。つまり無塩なのです。
砂糖の大幅減量に加え、食塩不使用。この時点で消費期限が通常より短くなっていたことがわかります。
保存料無添加
当該の店舗は無添加での製造も売りにしています。
一般的に消費期限の長い焼き菓子には「プロピオン酸ナトリウム」や「プロピオン酸カルシウム」といったカビや芽胞菌の繁殖を抑止する効果のある保存料が使われます。
本来、砂糖を減らしたり塩を使っていない配合で作った場合、通常のマフィンと同等の消費期限にするには保存料を使う必要があります。
具材のチョイス
当該の店舗ではプレーンではなく様々な具材を使用したマフィンが販売されていました。
具材によっては生地より日持ちが短いものもあり、生地と具材で火の通りやすさが異なることで加熱不十分となる可能性もあります。
特に生のフルーツには酵素が含まれており、加熱で十分に酵素を壊さないと熟成(酵素分解)が進んでしまい、菌が繁殖しやすい環境になってしまう恐れがあります。
具材の大きさ・下処理・焼成時間などあらゆる繊細な微調整が必要となるレシピにおいて、十分な検討がなされていなかった可能性は否定できません。
5日間以上の常温保存
今回の事件で最も問題視されているのが保存方法です。
イベントの早くて五日前からマフィンを作り、それを常温保管していたことが本人のSNSから明らかとなっています。
「エアコンを18℃に設定した部屋で保管した」と証言されていますが、18℃では菌の活動は止まりません。
配合の問題と常温での長期保管、この2点が相乗効果で食中毒のリスクを高めていたと言えます。
配合や包装など、ちゃんと調整が出来ればマフィンの五日保存も出来なくはないです。
包装方法
当該マフィンの包装方法についても疑問視する声が挙がっています。
五日間もの常温保存をさせようとなると、一般的にはシーラーでの密閉とエージレス(脱酸素剤)の同封がなされます。
しかし実際にはラップでぐちゃっと包んで表示シールで止めただけの包装でした。
エージレスには袋内の酸素を吸着することでカビなどの好気性菌の繁殖を抑制する効果があります。
今回の食中毒事件の原因菌と考えられる「ロープ菌」と「セレウス菌」はどちらも好気性細菌です。
包装方法に気を使っていれば、少しは食中毒リスクを減らせていたことは否めません。
酸素がある環境下で生きられる菌のこと。
反対に、酸素が無くても生きられる菌や酸素を嫌う菌のことを嫌気性細菌と言います。
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厨房や機器の汚染の可能性
配合や保存方法などが杜撰だったとしても、運よくマフィン内や包装内に菌が入らなければ腐敗も食中毒も起こりません。
何もないところに菌が急に発生することはあり得ないからです。
しかし、今回のマフィン事件のように異変の発生件数が多い場合、厨房や使用機器が菌に汚染されていた可能性があります。
枯草菌やセレウス菌など耐熱性のある細菌は加熱もアルコールも効果が無く、次亜塩素酸ナトリウムでの消毒のみ有効とされています。
しかし他の菌よりも耐性が強いのも事実で、更には一度その室内に住み着いてしまうと全てを滅菌することは難しいです。
だからこそ、配合や保存方法など正しく行い「菌を増やさないこと」が重要となるのです。
菌が住み着くと自家製酵母が作れなくなる!?
枯草菌はとても強い菌なので、一度厨房内に住み着いて勢力を拡大してしまうと、そこでは自家製酵母を正常に作ることが困難になるケースがあると言われています。
自家製酵母作りはフルーツや小麦粉に付着している数少ない酵母菌(や乳酸菌など)を、イチから育て増やしていく作業です。
汚染された厨房内では簡単に雑菌が入り込んでしまい、必要な菌が勢力を固める前にダメになってしまいます。
それぐらい強い菌があるということを、生産者は忘れてはいけません。
菌を持ち込んでしまう行為
菌を増やさないことはもちろん、なるべく厨房内に菌を持ち込まない努力も重要です。
枯草菌やセレウス菌は土壌や植物に多く生息しているため、特にじゃがいもなどの根菜類を厨房に持ち込む際には注意が必要です。
土がついた状態で作業台の上にボンと置いたり、それを触った手のまま別の場所を触ったりすると菌が至る所に付着する恐れがあります。
当該店舗でそのような行為があったかどうかはわかりませんが、様々な問題点が見られる以上、少なくともそういった知識は無かったように思えます。
外履きと厨房履きを履き替えるのも、そういったリスクを減らす一つの工夫ですね!
製造者の知識不足が指摘される
以上のような製造上の問題点に加えて、「無添加ではないのに無添加を謳っている」といった点も指摘されており、製造者の圧倒的な知識不足が見受けられます。
それって”嘘”ついてるってこと!?
というよりは、恐らく本当に知らなかった可能性が高いです。
実際にどういった点が問題なのか、詳しく見ていきましょう。
「手作り=無添加」という勘違い
当該のマフィンには全てベーキングパウダーが使用されており、商品によってはバニラエッセンスが使われています。
前者は「膨張剤」、後者は「香料」と呼ばれる、列記とした食品添加物なのです。
また、既製品と思われるチョコチップやベーコンも使用されていますが、これらにも乳化剤や保存料など様々な添加物が使用されている場合がほとんどです。
というか、無添加を謳うお店で使用具材も手作り無添加である場合、普通なら「ベーコンも手作り無添加です」などといったアピールをします(しないとお店として超もったいないですから)。
なので恐らく無添加ではない既製品を使用しているだろうと考えられます。
いずれにせよ生地自体が無添加ではないことは明白であり、にもかかわらず当該店舗は無添加であることを売りにしているとのことです。
これはお菓子屋パンを手作りしている人にありがちな勘違いなのですが、手作りすれば100%無添加というわけではないのです。
自分で作ることで材料の正体がわかるため、「添加物を使用している感覚が得られない」という側面があるんだと思います。
しかし店舗を構えプロとしてやる以上、「知らなかった」では済まされない案件です。
背景にある「キャパオーバー」
知識不足が指摘されているとはいえ、通常の店舗運営では「その日に作ってその日に売る」というスタイルでやってきていたはずなので、問題が表出することはなかったのでしょう。
実際、このような知識が無くとも素敵なお店を経営していらっしゃる方は世の中にたくさんいるため、必ずしも知識が無ければ失敗するとも限りません。
NEWSポストセブンの記事によると、当該店主はイベント出店にとても積極的だったようで、睡眠時間を意図的に削ってまで製造をすることが度々あったそう。
人間は睡眠不足に陥ると思考力や認知機能が大幅に低下します。
結果、当然ながら過去のイベントなどでも様々なミスがあったとのことです。
確かに僕自身、過去にブラックな環境で酷い睡眠障害に陥った際には、脳内にモヤがかかったように思考が全く前に進まなくなるという経験があるので、気持ちは理解できます。
とはいえ、理由が何であれ許されない過失であるのも事実です。
加えて、飲食業界の教育者の中には未だに「睡眠時間を削ることが正義」という教えを広める姿勢が(人にもよるけど)実際に存在しており、それも非常に良くないことだと改めて感じました。
睡眠を削ることより、作業工程の効率化を工夫したり、生産数を増やすための機材導入や、時には無理をせず諦めることも「リスク管理」という観点から見て重要だと声を大にして言いたいです。
「そんなの綺麗事だ!」と言いたくなる人もいるかもしれませんが、実際に個人店で7時間睡眠を確保しながら十分な利益を得ているパン屋さんだって存在するわけですから、目指すなら泥船ではなくそっちを目指すべきです。
この事件は飲食業界全ての人が他人事にせず、また批判ばかりをするのではなく自分事として顧みる必要があると僕は思います。
まとめのクイズ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
A.「ロープ現象」。ロープ菌がでんぷんやたんぱく質などの成分を分解して粘性物質「ネト」を生成することによる現象です。
A.「芽胞」。加熱殺菌はもちろん、アルコール殺菌にも耐性があります。
A.「浸透圧」。細胞から水分を奪うことで菌の活性が低下します。
A.「エージレス」(脱酸素剤)。特に今回の原因菌として考えられるロープ菌やセレウス菌は好気性細菌であるため、この包装法を実行していれば少しはリスクを減らすことが出来たはずです。
今回の事件を聞いてお菓子やパンの手作りを控えようと思ってしまった人も多いでしょう。
しかし、正しい知識があれば今回のような事件は十分に防ぐことが可能です。
食中毒の発生場所で一番多いのは「自宅」です。
お店を経営していない方もこれを機に食中毒や食品安全に関する知識を「必修科目」としてしっかり身につけましょう!
参考リンク:株式会社ウエノフードテクノ