パンの発酵とは?パンが膨らむ仕組みを科学的に解説!【呼吸と熟成がカギ】

発酵の仕組み

パン作りの「発酵」という工程で、生地の中ではどんな化学反応が起こっているのかご存じですか?

砂糖が炭酸ガスとアルコールに分解されてるんでしょ?

ナオキパン
ナオキパン

それだけではありません!

一般的なパンの教科書ではあまり触れられない、けどパン作り上達には欠かせない「発酵の科学」について解説します。

パン作りにおける発酵…実は「呼吸&発酵」

パン作りの基礎として最初に学ぶであろう「発酵」。

パン作りにおいて私たちが「発酵」と呼んでいる工程では、科学的に言うと実は発酵だけでなく呼吸も同時に起こっているのです。

どちらも糖分を餌にして炭酸ガスを放出する作用なので、肉眼では同じ現象のように見えますが厳密には大きく違う現象です。

ここで一旦、呼吸と発酵それぞれの現象についてその違いを解説します。

発酵と呼吸の違い

発酵と呼吸では、その反応により得られる物質やその量が異なります。

主な違いはこちらの三点です。

  • 発酵よりも呼吸の方が炭酸ガス生成量が多い。
  • 発酵ではアルコールを生成する一方、呼吸では水を生成する。
  • 同じ糖分量から得られるエネルギーは呼吸の方が多い。

それぞれの現象が起こる条件と、どれくらい異なる現象なのか見ていきましょう!

発酵の仕組み

酵母菌は酸素が無い場合には、ブドウ糖を分解してエタノールを生成する「アルコール発酵」をします。

この時に起こる化学変化を、化学式で見てみましょう。

アルコール発酵の化学式

一つのブドウ糖を分解して、エタノール・炭酸ガスがそれぞれ2つ生成されます。この副産物として酵母菌が生きるために必要なエネルギーを2つ得られます。

パン生地をず~っと放置させておくと、次第にアルコール臭が帯びてきますし、普通に作ったパンでも特に焼き立ては微かにアルコール臭がしますよね。

これはすべて、アルコール発酵によって生成されたエタノール(=アルコール)が原因です。

この微量のエタノールが発酵風味の形成に役立ちます。

過発酵のパンがアルコール臭いのも、アルコール発酵をさせすぎたことによるものです。

パン生地の中で起こっている呼吸ってどんな現象?

酵母菌は酸素がある環境では呼吸を行います。

酵母菌が呼吸を行う際に起こっている化学変化を化学式で見ていきましょう。

呼吸の化学式

一つのブドウ糖に対して6つの酸素を供給することで、炭酸ガス・水がそれぞれ6つ生成され、酵母菌の活動エネルギーは38個も得ることができます。

アルコール発酵の時と比べて、同じ一つのブドウ糖から生成される炭酸ガスは3倍エネルギーは19倍もの差があります。

その多量のエネルギー故に、呼吸では酵母菌の増殖が活発に行われます。

「パンチ作業には発酵促進効果がある」と言われるのも、生地内の炭酸ガスと空気中の酸素を入れ替えることで呼吸が促進されることが大きな要因です。

また、自家製酵母を作るときに毎日一回は必ずふたを開けて混ぜたりするのは、酸素を供給して呼吸を促し増殖を早める狙いがあるからです。

生地内の酵母菌数が少ない場合には呼吸による増殖が見られますが、イーストを多量に使う生地ほど増殖はほとんど期待できません。

酵母菌は「酵素」を使って発酵・呼吸する

先ほど掲載した化学式のような反応は、すべて酵母菌がもつ「酵素こうそ」の力を使うことで起こる現象です。

ダイエット用語でもよく聞く「酵素」、これは生き物には欠かせない物質です。我々人間も体内で酵素をフル活用しています。

栄養を吸収する際には、吸収できる分子レベルまで一旦分解(消化)する必要がありますし、体内に蓄えられた脂質などをエネルギーに変えるにも、酵素の力で分解する必要があります。

使わなくなった筋力が衰えていくのも、酵素の力で筋肉が分解されるから。

下手に糖質制限しすぎても筋トレ効果が落ちるのも、足りないエネルギーを筋肉分解によって補ってしまうからです。

酵母菌による発酵と呼吸では、ブドウ糖や果糖を分解する「チマーゼ」という酵素が使われます。

チマーゼによるブドウ糖分解の仕組み

ブドウ糖と果糖はチマーゼの力でエサにすることができますが、ショ糖(砂糖)はそのままではエサに出来ません。

そのためショ糖分解酵素「インベルターゼ」の力でショ糖を分解する必要があります。

インベルターゼによるショ糖分解

砂糖を配合しない無糖生地では、生地中の麦芽糖を麦芽糖分解酵素「マルターゼ」の力によってブドウ糖×2に分解することで、酵母菌のエサとして活用できるようになります。

マルターゼによる麦芽糖分解

このように、酵母菌の発酵・呼吸プロセスにはあらゆる酵素の働きが関わっています。


無糖生地なのに麦芽糖?それってどこからやってきたの?

ナオキパン
ナオキパン

それも酵素の力で生地内で生成されます!詳しくはコチラの記事をご覧ください。

酵母菌が活発になる環境

活動温度

温度計

酵母菌は4~40℃の温度帯で活動します。その中でも35~38℃の温度帯が最も活発になります。

32℃が一番って聞いたことあるけど…?

実はコレ、見方が違うだけでどちらも正解です。

32℃近辺はガス発生もそこそこ活発で、増殖も活発です。

一方で35以上では酵母菌にとってストレスとなり、増殖が低下する代わりににガス発生が活発になります。

故に、単純なガス発生量だけで見れば35~38℃が最も活発と言え、増殖速度も含めた活性で見ると32℃が最も活発だと言えます。

55℃以上で死滅、10℃以下から著しく活動量が低下し、4℃未満では休眠状態となります。

なぜ酵母菌は温度によって活性が変わるのか?
それは「酵素」が温度によって活性が上下する特性があるからです。酵母菌に限らずあらゆる生物が酵素の特性に左右されています。

ナオキパン
ナオキパン

アイス食べすぎてお腹を壊すのも、腸内で酵素の働きが弱まって消化不良になるからだよ!

pH環境

pH

酵母菌はpHペーハー(水素イオン濃度)が5~6の弱酸性環境において一番活発に働きます。

先述の通り酵母菌は酵素の力で糖分を分解し生地を膨らませます。酵素は温度だけでなくpHによっても活性が上下します。

その酵素の種類によって最適pHは異なりますが、とりわけ酵母菌の酵素は弱酸性環境が最適です。

同じ種類の酵素であっても、それが動物由来なのか植物由来なのかによって最適pHが変わってきます。
(例:唾液由来のアミラーゼはpH7付近が最適だが、植物由来のアミラーゼはpH5付近が最適。)

加えてpHはグルテン1の締まり具合にも影響します。

こちらも弱酸性が最も製パンに適しているとされ、程よい締まり具合によってガス保持力が向上しボリュームの大きなパンが作れます。

ただし、締まりが強いと伸びやすさは低減するため、生地の膨らむ速さが見かけ上は遅くなる場合もあります。

ナオキパン
ナオキパン

実際、アルカリイオン水で作った生地は伸びが良いから早く膨らむように見えるよ。

酵母菌の活性だけでは説明しきれないのがpHの問題です、非常に奥が深いですね。

水分

水分

酵母菌の活動には水分が必要不可欠です。それは酵素が水分のある環境でしか働けないからです。

人間も食事で適度な水分を取らなければ、あらゆる消化器官で酵素が働きにくくなり消化不良となります。(食品に元々水分が含まれていれば大きな問題にはなりませんが)

そしてパン作りにおいては、水分の多いパン生地内では酵素の活性が高まるため、必然的に酵母菌の活動も活発になります。

加えて、水分が多いことで生地が柔らかく伸びの良い状態となることで膨らみやすくなる、という原理もあるのでダブルで生地の膨らみが早くなると言えます。

ドライイーストやインスタントドライイーストは、水分を極限まで除去することによって常温でも活動が進まないようにされています。

最適な条件下での酵母菌増殖スピードは?

これらすべての環境条件が最適な場合、酵母菌は約2時間で2倍になります。

引用:オリエンタル酵母工業株式会社

ちなみに酵母菌は細胞分裂とはちょっと違う「出芽」という方法で増えていきます。親となる個体から小さな子体が生成され、次第に大きくなり独立します。

酵母菌以外の様々な菌の働き

酵母菌は主にパン生地を膨らませることに役立ちますが、それ以外の菌もパン作りでは活躍します。

特に、極少量のイーストで作るハード系や自家製酵母種でのパン作りにおいては、酵母菌以外の菌の活躍がとても重要です。

それぞれ詳しく見ていきましょう。

乳酸菌

パン生地に乳酸菌が入る主な経路としては、粉に元々付着していたものが挙げられます。特にライ麦粉や全粒粉に多く付着しています。

乳酸菌と一言で言っても様々な種類があり、それぞれ生成する物質も異なりますが、多くは糖を分解して乳酸を生成します(乳酸発酵)。

乳酸が生成されるとpHが酸性に傾き、程よい乳酸量なら酵母菌の活性が高まる弱酸性となります。

また、pHが下がることで他のあらゆる雑菌が繁殖しづらくなるため、サワー種など粉から起こす発酵種においてはとても重要な働きです。

これはパンの保存性向上にも効果を示し、乳酸発酵の恩恵を強く受けたパンは防カビ性が高まります。

加えて乳酸以外にも酵母菌と同様にエタノールを生成するものや、各種有機酸やビタミンB群の生成に関わるものまで様々あり、より奥行きのある発酵風味や栄養価の向上など様々なメリットが期待できます。

酢酸菌

イーストを多量配合して作る一般的なパン作りでは、酢酸菌は厄介な存在です。

酢酸菌は「アルコール+酸素」を「酢酸+水」に変換する細菌です。

お酢の製造に欠かせない菌ですが、発酵オーバーの生地から酸味臭がする原因でもあります。

過発酵となりアルコール濃度の高くなった生地内では、酵母菌の活性が弱まります。

そこでアルコールに強い酢酸菌が勢力を拡大し、生地内のアルコールを酢酸に変えてしまいます。これが過発酵による酸味臭のメカニズムです。

一方で、サワー種など粉から起こす発酵種では乳酸菌と共に酢酸菌の活動も見られ、過剰にさえならなければ酢酸由来のエッジのある酸味が味わいのアクセントになり得ますし、パンの保存性(主に防カビ性)の向上にも貢献します。

麹菌

酒粕や米麹を用いて作られる「酒種」を使用したパン作りでは、麹菌の恩恵が受けられます。

麹菌は様々な酵素を豊富に持っており、でんぷんやたんぱく質を分解することで濃厚な甘味と旨味が得られます。

また、麹菌は味噌や醤油、甘酒など「和」の食品作りに使われていますが、麹由来である酒種を使ったパンからも似たような和風の香ばしさを感じられます。

醤油
甘酒

こんがり焼いたクラストからは焦がし醤油のような香ばしさが、クラムからは甘酒や日本酒のような上品な発酵風味が…

サワー種など他の発酵種では再現できない独自の風味に魅了される人も多いです。

また、麹菌が増殖する際にはビタミンB群も多く生成され、酵母菌のアルコール発酵を助けると共にパンの栄養価向上も期待できます。

パン生地の発酵見極め方法

発酵についての科学的な知識を得ることで、目の前にある生地がいま何をしていてどういう状況なのかを想像することができるようになります。

これにより、自分の理想とするパンを生み出す最善策が見えてくるわけですが、実際にパン生地の状態で発酵具合を見極めるスキルはやはり必要です。

発酵見極め方法に関してはこちらの記事で詳しく紹介しています。

まとめ

ここで学んだポイントをおさらいしましょう!

  • 無酸素下では「アルコール発酵」、有酸素下では「呼吸」が進む。
  • アルコール発酵より呼吸の方が生成される炭酸ガス量もエネルギーも多い。
  • 酵母菌は「酵素」の力で様々な分解を行い、それは様々な条件で活性が上下する。

パン作りの「発酵」という工程が実は「発酵と呼吸」であることを知るだけでも、様々なことが見えてきます。

ぜひここで得た知識を普段のパン作りでも意識してみてください!


<脚注>

  1. パン生地の骨格となるたんぱく質結合体。小麦に含まれる2種類のたんぱく質「グルテニン」「グリアジン」に水を加えて混ぜ合わせることで形成される。詳しくはコチラを参照。 ↩︎
この記事を書いた人
パン作り研究家
ナオキパン

当サイト及びYoutubeチャンネル「パン作りの教科書 / ナオキパンchannel」を運営。
パン作りのコツや製パン理論を科学的な観点からわかりやすく解説し、パン作り上達の楽しさを広めることに加え、正確な製パン情報の普及に努める。
ベーカリーや食パン専門店など数々のパン店立ち上げや現場責任者の経験有。
自律神経失調症によりパン業界を一時離脱した際に、自身の知識と経験が誰かの役に立つことを願い、2022年5月から本格的に情報発信活動を開始(現在は寛解しゆる~く復帰)。
パンシェルジュ一級。

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