2023年11月11日~12日に開催されたデザインフェスタ(通称デザフェス)での「マフィン食中毒事件」。
この事件の当該店舗である「Honey×Honey xoxo」は、今回のマフィン腐敗・食中毒問題が起こるよりも前からGoogleでの口コミ評価で「不味い」などの低評価が多かったことが判明しています。
普通にレシピ通り作れば初心者でもほとんど失敗することのない「マフィン」という課題で、なぜそんなにも評判の悪いマフィンとなってしまったのか?
食中毒や腐敗の原因を探っていく過程で、その原因がわかってしまいました。
それは意外とすごくシンプルであり、また食中毒・腐敗とも無関係ではないポイントです。
以下にその原因の考察についてまとめました。
- 当該店舗の低評価が多い理由がわかる。
- お菓子作りで配合をアレンジする際のポイントがわかる。
「マフィン食中毒事件」の概要や発生原因はコチラ!
原因は「砂糖半分以下」…ではなく〇〇!?
一般的なマフィンの配合だと、小麦粉100に対して砂糖の量が50前後は入ります。
当該店舗では「砂糖の量は通常の半分以下」を謳っていたので、推定25以下であることが考えられます。
ゴツゴツでスコーンのような見た目から推測すると、更に少ない可能性があります。
じゃあ、やっぱり砂糖が少なすぎることが不評の原因なの?
いいえ、たとえ砂糖少なめでも美味しく作ることは可能です。
しかし、砂糖減量アレンジをする際に必要な「ある材料」が使われていないのです。
それは「塩」です。
そもそも、マフィンの砂糖量を半分以下にすると、その配合は焼き菓子というよりパンに近い配合になります。
菓子パン生地の場合
- 小麦粉…100
- 砂糖…20~25
例のマフィンも砂糖はこのぐらいか、更に少なかった可能性もあります。
パン作りにおいて塩は必須材料と呼ばれ、入れ忘れただけでパンの味は途端に美味しくなくなります。
じゃあなんでパウンドケーキやスポンジケーキは塩無しでも美味しいの?
それは砂糖の量がもっと多く、卵やバターも多量に使っているからです。
本件のマフィンは砂糖を少なくしている上、バターも(一部では牛乳も)使わずに作られています。
その分だけ一般的なマフィンより味が淡白となり、味の輪郭は小麦頼りになってしまいます。
このようなケースでは塩を入れるのがベストでありマストです。
マフィンはパンより生地の水分量が多いため、例え砂糖が25入っていたとしても糖分濃度は菓子パン生地より低濃度になります。
更にパンは発酵のフレーバーがありますが、マフィンにはそれがありません。
そのため尚更、菓子パン生地よりも塩の重要度が高いと言っても過言ではありません。
※厚生労働省の公開回収事案詳細に添付されている本件マフィンの原材料を見ると、塩が使われていないことがわかります。
無塩パンの不味さ
パンを塩無しで作ると、あまりの不味さに驚きます。
それは舌先で触れた瞬間から「何かが変だ」とわかり、咀嚼して味わおうとしてもなんとも間の抜けた味で、とにかく美味しくない。
パン作りで塩を入れ忘れた経験がある人なら痛いほどわかるでしょう。
無塩・減塩生活に慣れている人なら違和感なく食べれるかもしれませんが、普段から塩入りのパンを食べている私たちにはそれ単体で食べることは中々の苦行です。
生地量調整が不十分?
当該のマフィンは口コミでも書かれているように、かなり大ぶりなサイズと言われています。
SNS上で拡散されていた画像の中には、膨らみすぎて隣り同士のマフィンがくっついてしまっているような写真も見られます。
しかし数年前までは一般的なサイズ感でキレイに作られていたようです。
この情報から考えられることとして、生地量調整が不十分である可能性があります(意図的に増やしたのか、意図せず多くなってしまったのかはわかりませんが)。
生地量調整が不十分である場合に起こる弊害は以下のポイントが挙げられます。
見た目の悪化
型はサイズごとに適切な生地量が決まっています。
使用している型の最適量より多く入れてしまうと、火山噴火のように生地が垂れ落ちてしまったりして見た目が悪くなります。
火通りの悪化
もし、数年前のキレイに作られていたマフィンのレシピを元にして、今のサイズでマフィンを作っていたとすると…
尚且つその生地量で焼成時間・温度を十分に調整していなかったとしたら…
当然ですが火通りが悪くなります。
たとえギリギリ生焼けではなかったとしてもでんぷんのα化度が低くなり、口溶けや消化の悪いマフィンになります。
焼成時にマフィン同士の間隔を十分に空けることも重要です。
岩のようなゴツゴツ感の原因は?
本件のマフィンに対しての口コミで多く見られるのが「ゴツゴツしていて、マフィンというよりスコーンのよう」といったコメントです。
最初見た時はてっきりスコーンも売っているのかと…
なぜそのような見た目になっているのか?
パンも焼き菓子も、焼き上がりの見た目は配合の特徴が現れるものです。
スコーンのように見えるということは、本件のマフィンの配合は一般的なマフィンよりもどちらかと言うとスコーンやソーダブレッド1寄りになっていたということ。
出回っている情報から推測すると、やはり砂糖が少ないこととバター不使用である点が見た目に大きく影響していそうです。
焼き菓子の特徴は「砂糖・卵・バター」で決まる
ところで、スポンジケーキとパウンドケーキは使用材料が全く同じ「小麦粉・砂糖・卵・バター」であることをご存じですか?
作り方の違いはもちろんありますが、これらの割合の違いによっても特徴が分かたれています。
それ以外の焼き菓子でも、微妙な追加はあってもベースは基本この4つ。
一般的なレシピはそれぞれの焼き菓子に最適なバランスで調整されているため、そこから何かの配合を減らすと様々なデメリットが生じます。
以下にその一例をご紹介します。
砂糖を減らすデメリット
- 甘味が減る
- しっとり感・保湿性の低下
- 防腐効果の低下
砂糖には高い吸湿性があります。
砂糖を多く配合するほど焼成中に生地から水分が蒸発するのを防げる上に、完成品の老化も防ぐことが出来ます。
加えて、少量だと菌のエサになってしまいますが、多糖配合であれば生地内の浸透圧上昇により糖分子が菌の細胞から水分を奪い抗菌効果が期待できます。
市販の焼き菓子ってパンより消費期限(賞味期限)が長いですよね?
砂糖の効果はその一因でもあります。
したがって、砂糖を減らすとこのようなメリットが得られなくなり、減らし具合によってはより腐りやすい濃度にもなり得ます。
卵を減らすデメリット
- 膨らみの低下
- 火通りの悪化
- 風味・コクの低下
卵には強い起泡性と、膨らみを支える骨格の役割があります。
スポンジケーキを作る時のように事前にしっかり泡立てなくても、マフィンやパンのようにベーキングパウダー・イーストを使っていれば生地に配合するだけでその効果は得られます。
卵を減らすとその効果も低減するため膨らみが小さくなります。
膨らみが小さくなることで生地はみちっと詰まり気味になり、火通りも悪くなります。
バターを減らすデメリット
- 風味・コクの低下
- しっとり感・保湿性の低下
バターはそれ自体が濃厚なコクと風味を持っているため、バターを減らしたり不使用にするとかなりシンプルな味わいになります。
バターを配合するということは、焼き菓子やパンを内側からオイルコーティングするようなものなので、しっとり感や保湿性があります。
パウンドケーキの長く続くしっとり感はバターの割合が多いことが大きな要因です。
マフィンも基本的な配合だとバターが多いため、パウンドケーキに近いしっとり感が感じられます。
しかしそれを減らしたり不使用にするとその効果も得られなくなり、賞味期限は大幅に短くなります。
「独特な家の臭い」「ラップの臭い」の原因は?
マフィンの主原料である小麦粉は、とても臭いを吸いやすい性質があります。
そのため、小麦粉の保管場所や商品陳列場所の臭いがそのままマフィンに移ってしまう可能性も高いです。
実際、文房具屋の臭いが強烈なお店で買ったパンを家で食べたら文房具屋の風味(?)が強烈で食べきれなかった経験があります。
口コミにあった「マフィンから独特な家の臭い」や「ラップの臭いがする」といった現象もこうした理由から発生していると考えられます。
ラップの臭いに関してはもう一つ理由が考えられます。
包材の臭いは風味の一部になる
皆さん、お店で買ったパンを食べる時、包材を完全に取り外して素手で持って食べますか?
お家ではそうするかもしれませんが、外で食べ歩いたりする際は恐らく皆さん素手でパンを持たないでしょう。
包材を「持ち手」にして素手で触らずに掴んでいるはずです。
この時、パンと包材はどちらがより鼻に近いですか?
当然、包材の方が鼻に近いですよね?
その状態で食べると、パンの風味が口の中に入り込むと同時に包材の臭いが鼻に入ることになります。
口の中に入ったパンの風味は鼻へ抜けていき、結果的にパンの風味と包材の臭いが混合します。
通常、臭いの気にならない包材を使うのが一般的ですが、当該店舗では臭いのあるラップを使用してしまったのでしょう。
こうしたメカニズムも「ラップの臭いがする」という口コミの一因であると考えられます。
まとめのクイズ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
A.「食塩」。
特に通常の半分以下の砂糖量で作るとなると、その配合特徴はパンに近く、パンは塩無しでは美味しくないため。
A.「焼成」。
1個当たりの生地量を増やせば、それだけ中まで火が通るのに時間がかかる。焼成時間を長くし、同じ温度だと焼き色が濃くなりすぎるようなら温度も下げるなど調整が必要。
A.「浸透圧」。
実は砂糖の抗菌メカニズムは塩の抗菌メカニズムと同じである。
ただし砂糖の浸透圧は塩の1/12であるため、塩と同等の効果を得るには12倍量が必要。
当該マフィンの食中毒事件では「砂糖半分以下だったのが悪い」といった短絡的な見解が多く見られますが、それはあくまで要因の一部でしかありません。
砂糖を減らしてもそれ相応の調整をすれば、保存性や味わいを補うことは可能であり、当然ですが美味しく作ることだって出来ます。
皆さんも材料の役割や効果をしっかり認識した上で、レシピのアレンジを楽しんでみてください。
<脚注>
- 別名「アイリッシュソーダブレッド」。アイルランドでよく食されている、イーストを使わずベーキングパウダーの作用で膨らませたパン。ライ麦など茶色い穀物粉をブレンドされることが多く食事向きだが、その食感はパンというよりスコーンやビスコッティなどに近い。 ↩︎