お米は美味しい水で炊けば美味しくなるけど、パンは水で味は変わるの?
パン作りの理論書では、水の硬度やpHが生地感や食感に影響を与えると解説されています。
しかし、実際のところどれ程の違いがあるのか、気になりませんか?
この記事では、水道水を含めた6種類の水で食パンを作り比べて、その違いを解説します。
- ソフト系のパンにおける水の種類による影響の大きさ
- 水の硬度やpHがパンに及ぼす影響
比較に使用した水
今回の実験で使用した6種類の水は以下の通り。
- 水道水
- 浄水器を通した水
- 超硬水(コントレックス)
- 天然軟水(サントリー天然水)
- 炭酸水(ソーダメーカー)
- 天然アルカリ水(温泉水99)
それぞれの硬度やpHについてのスペックを表にまとめました。
硬度(mg/L) | pH | |
水道水 | 48(軟水) | 7.4(中性) |
浄水 | 48(軟水) | 7.4(中性) |
超硬水 | 1468(超硬水) | 7.2(中性) |
天然軟水 | 30(軟水) | 6.9(中性) |
炭酸水 | 48(軟水) | 4.3(酸性) |
温泉水 | 1.7(超軟水) | 9.5(アルカリ性) |
このようなスペックの違いがパン作りにどのような影響を与えると言われているのでしょうか?
pHが違うと何が変わる?
pHは硬度と同様に生地感に影響を与えるほか、酵母菌の活性にも影響を与えます。
pHによる生地感の変化
pHが低くなるほどグルテンは締まり、高くなるほど緩みます。そのため程よい締まり具合で生地が丈夫になる弱酸性(5.2~5.6)が最も製パンに適したpHであると言われています。
作業性・ガス保持力の向上が見込めます。
ただし、酸性に傾きすぎるとグルテンの伸展性が無くなるため、グルテンの網目構造の形成に支障が出ます。
捏ねても捏ねてもブチブチと切れてしまい、まるで生地が溶けたように感じます。当然ガス保持力も著しく低下します。
アルカリ性に傾きすぎると生地の弾力に重要なグルテン酸化が阻害され、丈夫なグルテン組織が形成されないため極端にコシが弱くガス保持力も低い生地になります。
pHによる発酵力の変化
酵母菌の呼吸や発酵は、どちらも酵素の働きを利用した生命活動です。
酵素は世の中に数万から数十万種類存在すると想定されており、その種類によって最も活発に作用するpHが異なります。
とりわけ酵母菌が持つ酵素は弱酸性のpHで活発に作用します。
酸性に傾きすぎてもアルカリ性に傾きすぎても酵母菌の活性は低下するため、生地感と同様に発酵力の面においても弱酸性が製パンに適していると言われています。
硬度が違うと何が変わる?
水の硬度は生地感・発酵力・完成品とあらゆる部分に影響を及ぼすと言われています。
軟水 | 硬水 | |
グルテン | 緩む | 締まる |
酵素活性 | 活発 | 阻害される |
完成品 | しっとり重たい | パサつき脆い |
軟水で作った生地のグルテンは柔らかく、硬水は締まって硬い、その名の通りとなります。
また、硬水に含まれる多量のミネラルは生地中で酵素の働きを妨げてしまうため、生地の熟成や発酵を遅らせます。
完成品は軟水の方がしめった感じが強く、硬水はパサついた質感に仕上がると言われています。
ミネラルは補酵素としての働きもある
パン生地中では多すぎるミネラルは酵素の働きを阻害してしまうため発酵を遅らせる原因になりますが、一方でミネラルには酵素作用をサポートする補酵素としての能力も備わっています。
そのメカニズムは複雑であり、ミネラルが酵素作用をサポートするか阻害するかは条件次第で変わってきます。
我々人間で考えると、ミネラルは程よく必要ですが、不足も過剰も健康被害に繋がります。
パン作りにおいても、全くミネラルを含まない水は自家製発酵種の種起こしには不向きであるとも言われており、やはり適量のミネラルは必要であると考えられます。
パン作りに最適な硬度は?
どのジャンルのパンを作るかによって、最適な硬度は変わってきます。
食パンやバターロールなど、強力粉で作るソフト系のパンの場合は軟水が適しているとされています。
グルテンが多い強力粉で作るこれらのパンは、硬水で生地を締めてしまうと余分な弾力で膨らみにくくなってしまうと言われています。
日本の水道水は平均的に硬度50mg/Lの軟水であり、ソフト系のパンを作るのに最適です。
一方でグルテンが比較的少ない粉で作るバゲットなど、ハード系のパンは硬水が適しています。
硬水で生地を適度に締めることによってガス保持力が向上し、良好な膨らみが得られエアリーな食感となるからです。
フランスの水道水は硬度300mg/L程度の硬水で、ハード系を作るのに最適です。
フランスの水であるエビアンを使用するか、水道水とコントレックスをおよそ8:2の割合で混ぜて使用することで本場の水を再現できます。
生地感の違い
超硬水だけ捏ねはじめの段階から既にコシが強く伸びにくく感じました。
どうやら水の硬度によるグルテンの締まり具合は、小麦粉と水を混ぜ合わせた瞬間からその差が現れるようです。
ですが基本的にどの水で作っても、最終的には指紋が透けて見える滑らかな生地を作ることは可能でした。
微々たる差ではありますが、超硬水は他の生地よりも膜質がやや強く丈夫な印象で、温泉水は他の生地より伸びやすい印象を受けました。
一次発酵を終えて分割丸めや成形での作業時にも、確かに超硬水生地はコシの強さを、温泉水には柔らかさを感じましたが、どれも微妙な締め加減の調整で十分調整できる範囲だと感じました。
温泉水にいたっては超軟水かつアルカリ性なので、さぞかしユルユルの生地になるかと思いきや、全く問題ない生地です。
発酵力に差は出るのか?
パン生地での比較の場合、微妙な捏ね上げ温度の差や生地の締め加減などあらゆる要因が誤差に繋がるため、発酵力の差を純粋に体感しやすい方法で比較してみました。
薄力粉と同量の水に少量の砂糖とイーストを加えて混ぜた、液種のような半液状の生地です。
30分後
最初に混ぜ終わった生地と最後に混ぜ終わった生地で時間差が生じるため、あまり温度が高いと最初の生地の発酵が進みすぎてしまいます。
それを防ぐため、混ぜ上げ温度は20℃と低めにし、全て混ぜ終わってから同時に30℃の発酵室に入れることで誤差を縮めました。
それでも誤差をゼロにすることは不可能ですが、この実験では超硬水を除いた5種類はほぼ同レベル発酵力と言える結果が得られました。
しかし超硬水は明らかに他より発酵が遅れています。
こちらの項目で述べた通り、高すぎる硬度ではミネラルが酵素作用を阻害してしまい発酵が遅れるようです。
一方で、アルカリ性である温泉水は問題なく発酵しています。
イーストを使用したパン作りでは自家製酵母などの発酵種を使用した伝統的なパン作りに比べて非常に多くの酵母菌が生地に入ります。
そういった現代的な製法の場合、pHによる発酵力の影響は受けにくいのかもしれません。
実際、アルカリイオン水で高級食パンを作るお店も存在します。
焼き上がりの違い
一見、炭酸水はパイル1が目立つためひと際大きく膨らんでいるように見えますが、実際にはどれも体積はさほど変わりないようです。
焼き色も特に大きな差はありません。
超硬水ではその高すぎる硬度で生地が締まりすぎて膨らみが劣ると言われますが、今回の題材ではそこまでの悪影響は無いようです。
逆に生地が緩みすぎてしまうといわれるアルカリ水(温泉水)でも、言われるほどの悪影響は感じられません。
グルテンが多く強い粉である強力粉を使ってしっかり捏ね、また丸めや成形でも生地に程よい圧力を加えるソフト系のパンにおいては、あらゆる部分での細かな調整でデメリットを補うことが出来てしまうのか、水の種類による影響は受けにくいのかもしれません。
僕が生地の状態に合わせて無意識に扱いを調整していたのかもしれません。
味・香り・食感
この6種類の間には、味・香り・食感全てにおいて体感できるほどの差はありませんでした。
生地の硬さを感知できた超硬水でさえ、特に他と比べて引きが強いといったこともありませんでした。
イーストの違いや粉の違いでの比較の方が、圧倒的に違いを感じられます。
ソフト系は水の影響を受けにくい?
今回は比較の題材として「基本の食パン」をチョイスしましたが、どうやらソフト系のパンは水の違いによる性質への影響を受けにくいジャンルのようです。
ハード系ではミキシングはもちろん丸めや成形においても生地に加わる圧力は比較的控えめです。故に、手作業での調整だけでは補いきれない部分があります。
イーストの量もソフト系に比べるとかなり少なく発酵工程も長時間であるため、水の違いによる発酵力の差が目立つことが予想されます。
もっと影響を受けやすいと考えられるのは自家製酵母でのパン作りです。イースト使用のパン作りより圧倒的に酵母菌数が少なく、小麦粉成分を酵素分解でどれだけ熟成させるかというポイントも重要です。
今後、需要があればハード系や発酵種における水の影響がわかる比較もお見せしたいと思います。
まとめクイズ
A.×
パン生地のグルテンはpHが低いほど締まり、高いほどグルテン酸化が妨げられ緩みます。
A.×(△)
確かに超硬水の高すぎるミネラル濃度の場合は酵素作用を阻害し発酵熟成の妨げになります。しかしバゲットのように比較的グルテンが少なく力の弱い粉で作るハード系の場合、硬度300mg/L程度の適度な硬水で生地を締めることが良しとされています。(△ただしレシピによる)
<脚注>
- 山食パンの頭と側面の間に生まれる裂け目の部分。 ↩︎