最近はドライイーストの使用量を減らして長時間発酵させて作るパンレシピを多く見かけますが、ドライイーストが少ないと実際にパンはどうなるのでしょうか?
ここではイーストの量を少な目でパンを作った場合に得られるメリットと、少ないイーストで上手に作るためのコツを解説します。
ドライイーストが少ないとパンはどうなる?
イーストを少量で作るメリット
イーストを少量で作る場合のメリットは…
- イースト臭の軽減
- 生地の熟成が期待できる
- 適正発酵時間のストライクゾーンが広い
以上の三点が期待できます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
イースト臭の軽減
イーストで作るパンはその使用量が多いほどイースト臭が強くなってしまいます。
イースト臭は現代ではパンらしさを表現する香りとも言えるので100%悪者ではありませんが、強すぎると不快なにおいとして感じられます。
イーストが多すぎるレシピの場合、少なくすることでイースト臭を軽減できます。
時短レシピにありがちなイースト3%もの多量配合だと
不快に感じられる場合が多いです。
生地の熟成が期待できる
小麦粉には元々、酵素という物質が含まれています。
「酵母」じゃなくて「酵素」です。
酵素の中にもでんぷん分解酵素やたんぱく質分解酵素など様々な種類がありますが、砂糖を入れないハード系のパン作りにおいて特に重要なのは前者です。
糖分は酵母菌が発酵するために必要なエサですが、砂糖を入れない無糖生地ではどうやって発酵するのかと言うと…
このように、小麦粉のでんぷんを酵素の力で事前に分解して麦芽糖を生成する必要があるのです。
この作業は酵母菌が持っている酵素では出来ない為、小麦粉に元から含まれている酵素に頼るか、モルトや麹菌といった酵素が豊富に含まれる材料に頼るしかありません。
もしイーストを多量に使ってしまうと、酵素分解による糖分生成がイーストによる糖分消費に間に合わなくなる恐れがあります。
間に合わなくなることで工程の後半での発酵力が劣ります。
しかしイーストを少なくすれば発酵で糖分が食い尽くされてしまうことを防ぐことが出来、糖分生成に余裕が生まれ発酵力も持続します。
最終的には糖分の余りが出来ることで味や焼き色、風味の向上など様々な恩恵が得られます。
適正発酵時間のストライクゾーンが広い
イーストが多くて発酵速度が早いと、発酵に必要な時間も短くて一見メリットのように思えます。
ですがそれだと「いま焼くべき!」というベストなタイミングで即オーブンに入れられなかった場合、あっという間に発酵が進んでしまい過発酵になります。
ですがイーストを少なく作ることで発酵の進みが遅くなるため、ベストタイミングから過発酵になるまでの猶予が長くなります。
パン屋さんなど同時にたくさんの種類を作る場合はもちろん、お家でのパン作りであってもトッピングで時間がかかってしまう場合にとても助かります。
イーストを少量で作るデメリット
イーストを少量で作る際のデメリットは…
- 発酵による膨らみに時間がかかる
- 窯伸びが小さくなる場合がある
- 良い形状が保てない場合がある
以上の三点が考えられます。それぞれ詳しく見ていきましょう!
発酵による膨らみに時間がかかる
イーストを少なくすると、当然ですが発酵による生地の膨らみに時間がかかります。
特にオーバーナイト法など一旦生地を冷たくする製法では、翌日の復温時間や発酵時間が大幅に長く必要となってしまう場合もあります。
窯伸びが小さくなる場合がある
イーストを少なくすると、窯伸びも小さくなる傾向があります。
「イーストの量は窯伸びとはあまり関係が無い」という説もある一方で、僕は原理的にも経験的にも関係あると考えています。
窯に入れた瞬間に酵母菌が全て死ぬわけではなく、生地温度が60℃を超えるまでの間は酵母菌が最後の力を振り絞り発酵するからです。
仮にパン生地の酵母菌が窯入れ後8分で全滅するとしたら、その8分間は酵母菌が全力で発酵するので、当然イーストが多い方がより膨らみます。
(その時間はパンの大きさや火通りの良さによって変わります。8分はあくまで例えです)
良い形状が保てない場合がある
イーストを少なくしすぎて発酵速度が遅くなると、パンによってはあまり良くないことが起こります。
膨らむまで何時間でも待っておけばいいんじゃないの?
生地の弾力(コシ)は長時間寝かせるほど弱くなっていきます。
成型直後の強い弾力が残っていると焼成での膨らみに悪影響なので、適切な時間寝かせるのは必要です。
ですが、あまりにその時間が長くなりすぎるとコシが弱くなりすぎて、上に大きく膨らむこともできなくなります。
また、酵素量が多い粉を使うレシピでイースト量を少なくしすぎると、酵素分解は早いため生地がダレやすいのに発酵は遅いため、良い大きさまで膨らんだ頃には生地がダレすぎてしまい窯伸びも形状も悪くなります。
少ないイーストで作るのに向いているパン
砂糖を入れずに作るフランスパンやカンパーニュなど、いわゆるハード系の部類のパンは少ないイーストで作ることに向いています。
というよりむしろ、イーストを多く作ることが向いていません。その理由はコチラの項目で既に解説した通りです。
こういったパンの多くは、クープを入れることで窯伸びによる上方向への膨らみを得ることが出来ます。
そして最終的なパンの体積の大部分をこの窯伸びによって作り上げることが可能なので、発酵力が弱くても十分に良いパンを作りやすいでしょう。
ソフト系は発酵で大きさを作り、ハード系は焼成で大きさを作る、と言えますね
少ないイーストで作るのに向かないパン
- 砂糖が高配合の菓子パン
- とにかく上に大きく膨らませたいふんわり食パン
- ダッチブレッド(タイガーロール)
砂糖が20%を超える菓子パン生地では、砂糖による浸透圧上昇で酵母菌の発酵力が著しく弱まります。
その上、砂糖の効果で通常の生地よりいくらか緩みやすく、上に膨らむより横に膨らむ傾向が強いです。
そんな菓子パン生地であまりにもイーストを規定より減らしてしまうと、発酵がなかなか進まないだけでなく、最終発酵に時間がかかってしまい、結果としてパンの形状がダラっとしてしまう恐れがあります。
また、上に大きく膨らませたい基本的な食パンを作る場合においては、イーストを極端に少なくするのはオススメできません。
もちろん自家製酵母でソフト系の食パンを作るレシピも世の中にはあるので、必ずしも強い発酵力が必要というわけではありません。
ですがそういったレシピは発酵時間だけでなくパンチ回数、粉の選定、型に詰める生地の量など様々な工夫のもとで成り立っています。
なので一般的なレシピからイーストだけを極端に少なく変えて作ろうとするのは中々難しいと考えるべきです。
そして意外と向いていないのがダッチブレッド(タイガーロール)です。
発酵させた米粉のペーストを生地表面に塗ってから焼く非常に珍しい作り方のパンですが、このような綺麗なひび割れ模様に焼き上げるのが意外と難しいです。
このひび割れ模様が出るためには、表面が完全に焼き固まる前に生地がグンと窯伸びする必要があります。
既存のレシピ通り作れば簡単にきれいな模様は出せるのですが、少しでも窯伸びが低下するようなアレンジをしてしまうと模様が出なくなってしまいます。
なので、イーストを少なくすることはもちろん、あらゆるアレンジをすること自体が非常に難しいパンです。
レシピの指示よりイーストを減らして作りたい場合
レシピで指示されているイースト量より減らして作りたい場合は、以下の点を確認して配合や工程を調整する必要があります。
- 元々、そのイースト量は粉100に対していくつなのか?(ベーカーズパーセントの把握)
- イーストが少ないほど発酵時間は長く必要になること
- イーストを減らした分だけ窯伸びは低下する傾向があること(特に食パン系)
この三点を見てすぐに必要な調整方法を思いつかないのであれば、むやみに量を変えて作るのはまだ難しいでしょう。
ですが根本的に考え直してほしいポイントがあります。
イーストを減らすこと自体が目的になってはいませんか?
確かに無糖生地のハード系はイーストが多いとでんぷん分解が間に合わないため、少ないイーストでゆっくり発酵させる作り方をしなければ美味しく作れません。
ですが、そうではないパンもたくさんあります。
特に副材料で味と風味を演出するリッチなパンは、イーストを減らしすぎると発酵膨張が遅くなりすぎて、膨らむのを待っている間に生地のコシが弱くなり良い形状で焼けなくなる場合もあります。
生地の水和を十分に進めて老化の遅いパンを作ることが目的ではありませんか?
だとしたら、イーストを減らさなくともオーバーナイト法を取り入れることで生地のしっとり感はかなり向上できます。
同じイースト量でも常温1時間フロアタイムでその日のうちに焼き上げるのと、冷蔵庫やチルド室などで一晩オーバーナイトさせるのとではパンのしっとり感・老化耐性に雲泥の差が生まれます。
イースト自体にパンをパサつかせる効果はありません!
僕自身、数年前は「とにかくイースト少なく発酵時間長くすべきだ!」と(若気の至りで)息巻いていたのですが、数々の製パン実験を経て今では発酵時間よりも「生地時間」の方が重要だという結論に至りました。
粉と水が合わさってから焼成で「パン」になるまでの、この世に「生地」として存在している時間のこと。造語ですがこの概念を取り入れることでパン作りへの理解がグッと深まります。
イースト臭がキツイ原因はイーストにあらず!?
イースト臭が嫌だから減らしたいんだけど…
イースト臭の原因は必ずしもイースト量が原因とは限りません。
もしお使いのレシピのドライイースト量が(粉100に対して)1.2%以下(菓子パン生地で1.4%以下)であれば、そのイースト量は適正と言えます。決して多すぎるなんてことはありません。
それなのにイースト臭が気になるのであれば以下の点を確認してみてください。
- イースト粒の溶け残りがある
- 捏ね不足
- 発酵不足
- 焼成での火通りが悪い
皆さんが普段お使いのインスタントドライイーストは、基本的には粉に混ぜて使えますが、実は事前に溶かさないといけないパターンが4つもあるんです。
一度溶け残ってしまうと最後までそれが溶けることはないので、しっかり把握しておきましょう!
「火通りが悪い」というのは生焼けはもちろんNGですが、しっかり焼き込まれているかどうかもポイントです。
底はしっかり焼けている?
火通りの悪い型を使っていないか?
クッ〇〇ッドなどネットに落ちているような信頼性に欠けるレシピならまだしも、信頼性のあるレシピを使っているなら配合を改造するよりまずパン作りの基本をしっかり身につけましょう。
あるいは、焼成後スグに食べているのであればそれも原因かもしれません。
惣菜パンなど具材があるパンなら気になりませんが、食パンやロールパンなど生地メインのパンであれば焼成直後のパンを食べるのはオススメできません。
粗熱を冷ます過程で生地内に残っていたアルコールが揮発します。更に焼成により表皮に生成された香りが中まで浸透します。これでようやくパンが落ち着いて美味しくなります。
焼成直後に残っている「アルコール臭」をイースト臭と勘違いしているパターンも見られますので、お心当たりのある方は見直してみてください。
まとめ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
- ハード系は少ないイーストで作ることで様々なメリットが得られる
- ソフト系は必ずしも少なければ良いというわけでは無い
- パンをしっとりさせたいだけならイースト量より先に製法の検討を
- イースト臭が気になる原因はイースト量だけじゃない
パン作りのポイントであるイーストについての正しい知識を得ることで、本当に作りたいパンを100%再現できるスキルを身につけましょう!