オーバーナイト法とは、パン生地を冷蔵庫に入れて一晩寝かせ翌日以降に焼き上げる製法のこと。別名「低温長時間発酵」とも呼ばれています。
オーバーナイト法と言ってもその中には様々なタイプがあり、タイプごとに焼き上がるパンの特徴や作る上での注意点も変わってきます。
この記事ではオーバーナイト法で作るパンの特徴や上手に作るためのコツについて解説します。
こんな方にオススメの記事です!
オーバーナイト時の発酵管理がうまくいかない…
ストレート法のレシピをオーバーナイト法にしたい!
どんな調整が必要?
などなど、オーバーナイト法に関する疑問やお悩みについて解決していきましょう!
全オーバーナイト法で共通・最大の特徴
- 製造工程を2日間に分けることで、一日あたりの時間負担が減る
- パンのしっとりさが向上し、パサつきにくい
- より奥行きのある発酵風味が得られる
パン作りって普通の料理やお菓子作りと比べて工程がとても多く時間もかかりますよね。
そのため通常の製法だと丸一日予定が無い日じゃないと作ることが厳しい場合も…
ですが工程を二日間で分けることができるオーバーナイト法なら、予定がある日でも空いた時間に作業ができるため家庭製パンでも便利な製法と言えます。
もちろんベーカリーの現場においても、通常の製法だけだと開店時にパンの種類を揃えるには深夜から仕込み始めないと間に合わないところ、オーバーナイト法を駆使することで出勤時間を遅らせることができるため、今の時代ほとんどのベーカリーで採用している製法です。
また長時間生地を寝かせることで、グルテンやでんぷんが更に水分を吸い抱き込む「水和」が進みます。
水和がより進むほどその生地は保水性が高まり、焼きあがったパンのしっとりさの向上とパサつきにくさに貢献します。
さらに、生地の発酵により発生する香気成分はその温度帯によって発生する割合が微妙に変わってきます。
- 常温(25℃前後)…エタノール、高級アルコール、エステル
- 低温(6度前後)…アセトン、アセトアルデヒド
パン生地を最初から最後まで常温で管理する通常の製法だと、常温で生成される香気成分しか得られませんが、オーバーナイト法なら常温と低温を行き来するためより幅広い香気成分を獲得できます。
それによってより複雑で奥行きのある発酵風味のパンが完成すると理論上は言われています。
色々なオーバーナイト法とその特徴
生地をどの工程まで進めてから一晩寝かせるのかによって、その特徴は大きく異なります。
ここでは色々なオーバーナイト法についてそれぞれ個別に解説します。
生地冷蔵法
捏ね上げた生地を大きな塊のまま仮発酵させた後に、そのまま冷蔵発酵させる手法です。
(仮発酵無しで即冷蔵庫行きの場合も有り)
一次発酵の大部分(または全部)をオーバーナイトに変換していることになります。
メリット
- 最も時間のかかる一次発酵工程を時短できる
- 分割丸めの最中に復温が進むため時短になる
パン作りで最も時間のかかる一次発酵をオーバーナイトにすることでかなりの時短になります。
特に一次発酵の時間が長いレシピほどその時短効果は大きくなります。
またオーバーナイト明けは分割から作業を開始するので、分割丸め作業をしている間に室温に晒されることである程度まで復温が進みます。
そのため、一度に作った量が多いほど復温時間をわざわざ設ける必要性が少なくなり時短となります。
(ただし少量作成だと分割丸め時間はほぼ一瞬なので、やはり復温の時間は必要となってきます)
デメリット
- 過発酵の恐れがある
- 生地の外側と内側で発酵具合に差が生まれる
- 当日の工程が最も多い
特に生地のサイズが大きいほど冷蔵庫に入れてから生地内部が冷え切るまでに時間がかかるため、過発酵の危険性があります。
それを回避するには、捏ね上げ温度・仮発酵時間・イースト量といったレシピ調整や仮分割(大分割)して生地塊のサイズを調整するなど様々な管理が必要です。
(ご家庭で作る程度の生地量ならそこまで調整は難しくありません<粉250g前後の少量製造>)
また一次発酵という大きな工程を時短できるとはいえ、当日の工程は分割スタートのため他のオーバーナイト法に比べると作業効率という面ではやや劣ります。
生地玉冷蔵法
捏ね上げた生地を一次発酵させ、分割・丸めまで済ませてから冷蔵発酵させる手法です。
ベンチタイムの全部をオーバーナイトに変換していることになります。
メリット
- 過発酵の恐れが少ない
- 翌日以降は成形から作業を開始できるため効率的
- レシピの調整をしなくてもそれなりのクオリティになる
- 最も難易度が低いオーバーナイト法
分割で生地のサイズが小さくなるため、冷蔵庫に入れてから生地が冷え切るまでの時間が短くなります。
そのため過発酵になる危険性が生地冷蔵法より格段に低く、発酵管理が容易となります。
また、長時間寝かせることで一旦は生地が緩みますが、成形作業で再びグルテンが刺激されるためガス保持力が高くよく膨らむ生地になります。
当日の工程が成形から始まるため非常に効率的であることに加え、後ほど解説する成形冷蔵法と違って追加で焼きたいパンの種類に柔軟に対応できるため、大小さまざまな規模のベーカリーで重宝されています。
デメリット
- 引きの強いパンになる傾向がある
- 工程時間そのものは時短にならない
通常の製法よりもグルテン酸化が進み、かつ長時間寝かせた生地に再び力を加えることで更に生地のコシが強まります。
ガス保持力が高まるメリットの裏返しで引きの強い(歯切れの悪い)パンになりやすいです。
そのため欲を言えば粉の配合を少し調整したいところ。
また、ベンチタイムをオーバーナイトに変換することで15〜20分は時短になっているように見えますが、通常の製法だと生地温度が28℃前後の状態で最終発酵に突入出来るのに対して、この製法だと一度生地が冷えるため低めの温度で最終発酵に入ることになります。
すると発酵時間は長く必要となるため、実質的な時短効果は薄いです。(成形前に復温時間を設けるなら尚更その時間が上乗せされます)
とはいえ一度に何種類も作るベーカリーの現場では最終発酵に時間がかかる方が管理がしやすい上、その間に他の作業もできるためデメリットにはなりません。
復温に関しても40g程度の小玉であればかなり早く進むため、そこまで大きなギャップは感じないでしょう。
成形冷蔵法
成型まで済ませてから冷蔵でオーバーナイトさせる手法です。
時短の考え方には二通りあります。
一つは成型後に-3~0℃前後の冷蔵庫(リターダーなど)に入れて保管する方法で、この温度帯だと発酵が止まるため発酵時間の短縮ではなく業務の効率化を目的に採用される製法です。
ご家庭ではチルド室がこの温度帯です。
もう一つは通常の冷蔵庫に入れて保管する方法で、発酵がじわじわと進むことで翌日の朝にすぐ焼けることから近年の家庭製パンで人気の製法です。
ベーカリーでもバゲットなどのハード系で採用されるケースが多々見られます。
メリット
- 当日の工程が最終発酵以降(もしくは焼成のみ)となり、作業効率が最も良い
- 冷蔵発酵特有の発酵風味成分が最も保持される
ベーカリーでも家庭製パンでも、冷蔵庫から出して何の作業もせずにすぐ焼けるというのはとてもありがたいことです。
もし成型後にリターダー(又はチルド室)に入れてなるべく発酵が進まないようにしたとしても、最終発酵と焼成だけで完成するのは他のオーバーナイト法と比べて圧倒的に効率的です。
また他のオーバーナイト法では冷蔵発酵の後に分割丸めや成型作業で生地のガスが抜けるため冷蔵温度帯特有の発酵風味がある程度飛んでしまいます。
一方で成形冷蔵法ならその後に生地をいじらないため、冷蔵帯~常温帯まで様々な香気成分を保持することが出来ます。
結果的に全オーバーナイト法の中で最も複雑で奥行きのある風味のパンが(理論上は)焼きあがります。
デメリット
- 生地のコシが弱まりやすいためレシピ調整が必要
- フィッシュアイ(梨肌)が発生しやすい
- 大型パンだと発酵調整が難しい
他のオーバーナイト法の場合、長時間寝かせることで一旦は生地が緩みますが、分割丸めや成型の作業によって力を加えることで生地のコシが復活します。
しかし冷蔵発酵法の場合は寝かせた後は焼くだけなのでコシを復活させることが出来ません。
そのため通常のレシピを冷蔵発酵法に置き換える場合は、よりグルテン量の多い粉を使ったり水分を少し減らして硬めの生地にするなどレシピ調整が必要です。
また焼き上がりの表面に小さなイボが多数生じる「フィッシュアイ(梨肌)」の現象が他の製法に比べて発生しやすいです。
さらに食パンなど大型のパンだと生地の中心部まで冷え切るのに時間がかかる上、オーバーナイト後に常温発酵させるとしたら今度は逆に中心部まで温まるのに時間がかかります。
その結果、常に生地の外側と内側で温度差が生じることとなり、発酵管理が非常に難しくなります。
なのでロールパンや菓子パンなど小型のパンやバゲットなど細長いパンでは採用されますが、食パンなど表面積が少ないパンではあまり採用されません。
オーバーナイト法での発酵管理のコツ
オーバーナイト法では生地を冷蔵庫に入れてその後は作っている我々もベッドに入って寝てしまうため、事前に発酵オーバー対策をしておく必要があります。
発酵不足なら追加で常温発酵させれば済む話だけど
オーバーしたものは戻せないから重要です!
以下にオーバーナイト法での発酵管理のコツについて解説します。
生地冷蔵法で過発酵を防ぐコツ
捏ね上げ後に分割せずにオーバーナイトさせる生地冷蔵法は、冷蔵庫に入れてから生地の芯部まで冷え切るまでどのくらいの時間がかかるか、というのが大きなポイントとなってきます。
生地が大きいほどその時間はより長く必要なので、そこを念頭に置いた上で対策を試してみましょう。
捏ね上げ温度を低くする
元々オーバーナイトで作る前提のレシピを見たことがある方はお気づきかもしれませんが、通常の製法に比べて低めの温度で捏ね上げることが重要です。
それはなぜかというと、生地を冷蔵庫に入れた瞬間にすぐ芯まで冷えてくれるわけではないからです。
もし捏ね上げ温度が30℃の場合、冷蔵庫に入れた直後も生地はまだ30℃なので、数分間は生地の発酵速度は30℃レベルです。
そこから5度前後まで冷え切るまでにはかなりの時間を要するでしょう。それなら、最初から捏ね上げ温度を24℃以下に仕上げておけば、6℃分は早く生地が冷え切ります。
なので、通常の製法のレシピをオーバーナイト法に置き換える場合、指定の捏ね上げ温度より低い温度で捏ね上げましょう。
基本的には24℃未満に、お使いの冷蔵庫の冷え具合によっては21℃くらいにした方が安全かもしれません。そのあたりは色々試して丁度いい温度を見つけてください。
レシピに捏ね上げ温度の指定が
書いてない場合はどうすればいいの?
捏ね上げ温度の指定が書いてないレシピは
暗黙の了解で27~28℃と捉えてOK。
ハード系だと25~26℃でしょう。
仮発酵時間を短くする(または無くす)
通常の製法だと一次発酵が60分以上あるものがほとんどですが、生地冷蔵法にする場合はその時間を極端に短くする必要があります。
インスタントドライイーストの量が0.8%以上あるものなら15分未満の発酵の後に冷蔵庫に入れるくらいが丁度いい場合が多いです。1.2%のレシピなら10分以下または即冷蔵庫に入れるのが安全です。
仮発酵のベストな時間は捏ね上げ温度によっても変わってくるので、もし捏ね上げ温度が高くなってしまったら即冷蔵庫です。
ハード系で0.4%以下のものだと、元のレシピの発酵時間によって変わってきますが目安としては半分以下の時間にするくらいが丁度いいです。
例えば一次発酵がパンチ含めて合計180分のレシピなら、90分以下の仮発酵の後に冷蔵庫に入れるのが良いでしょう。(生地の大きさが大きいほどもっと短い時間で十分になります)
仮分割してからオーバーナイトさせる
大きすぎる生地だと冷え切るまでの間にかなり発酵が進んでしまうので、事前に仮分割してからオーバーナイトさせるのも一つの手です。
目安で粉量250g程度の生地塊ならその必要はあまりないですが、それ以上の時は大雑把にでもいいので仮分割しておくことをオススメします。
ただしあまり細かくしすぎると生地がすぐに冷えてしまい、翌日あまり発酵が進んでいない可能性もありますのでご注意を。
生地を入れる場所を変えてみる
家庭用冷蔵庫だと庫内の場所によって温度の差があることが多いです。
全ての冷蔵庫で共通なのは奥の方がよく冷えるということ。
上下に関しては機種によってどちらが良く冷えるか違うので、ご利用の冷蔵庫のマニュアルをご確認いただくか色々試してみてください。
(傾向としてはチルド室に近いほど温度が低いようです)
危なそうならチルド室に移動する
これはすぐに出来る対策で僕もよく使う手法ですが、オーバーナイトの途中(寝る前など)に一度生地の様子を見てあげて、「寝る前なのに既に結構膨らんできてる!」と感じたらチルド室に移しましょう。
チルド室の温度は約0℃で、生地が凍らないけど発酵は止まる絶妙な温度帯です。
生地玉冷蔵は最初の数分、野ざらしで冷蔵庫に
生地玉冷蔵法は分割した生地を冷蔵庫に入れるので、生地が芯まで冷え切る時間はそう長くありません。
なのでこの手法で発酵オーバーになる可能性はそう高くないのですが、冷蔵庫の開け閉めが多いご家庭だと庫内温度が頻繁に上がってしまうため想定よりも発酵が進んでしまう場合があります。
そこで、丸めた生地をすぐに袋に入れて冷蔵するのではなく、一旦裸の状態で冷蔵庫(または冷凍庫)に入れて直接冷気を数分間当ててみましょう。その後、袋に入れて冷蔵庫に戻します。
こうするだけで生地の冷える速度がグンと早くなり、発酵オーバーのリスクが格段に減ります。
生地玉のサイズが大きいほど発酵は進みやすいです。
なるべく発酵させない方が生地玉の使用期限は伸びます。
しっかり生地を冷やしてチルド室に入れれば長くて三日後でも使えますので、生地玉の作り置きをしたい方はぜひお試しください。
野菜室はNG!その理由は?
中には野菜室でオーバーナイトさせるレシピもありますが、その場合は発酵時間がしっかりと指定されているはずです。
なぜかというと野菜室は10℃前後のため冷蔵室より発酵速度が速く、2~3時間の差で発酵具合も大きく変わってしまうからです。
ですが本来のオーバーナイト法は翌日以降に好きなタイミングで作業を始められるからこそ便利で効率的なわけですから、野菜室発酵だとそれにはあてはまりませんね。
通常の製法を野菜室オーバーナイト法に変えるとなると、あらゆる点を大幅に調整する必要があり、また翌日の朝に発酵具合がどうなっているかを予測するのも慣れていないと難しいです。
野菜室を使う場合は、元から野菜室で発酵させる前提のレシピを使用するのが安全です。
実際、オーバーナイトで過発酵になったと相談に来る人の中には
野菜室で15時間寝かせていた方も多いです。
オーバーナイトで膨らまない?その原因と改善点
オーバーナイト法で作ったら全然膨らまなかった…
何が原因だったの?
基本的には発酵オーバーによる失敗に遭う確率が高いオーバーナイト法ですが、中には「全然膨らまない」といった声も聞かれます。
オーバーナイト法のコツについて間違った情報も稀に見られるため、それを参考に作って失敗している人も多いようです。
ここではオーバーナイト法で膨らみが悪くなる失敗の原因について見ていきましょう。
イーストを減らしすぎている
「オーバーナイト法で作るときはイーストを1/2~1/3の量に減らす」
こういった情報があるようですが、この表現は正確ではありません。
オーバーナイト明けの生地は温度が低く、ただでさえ当日の工程では発酵時間が通常より長く必要になるはずなのに、イーストを半分以下に減らしてしまったら特に最終発酵でかなりの時間を要することになります。
バゲットなどハード系の生地でイーストを減らして作るのであれば作り方次第(レシピ次第)ではそれでも問題なく作れますが、食パンや菓子パンなどソフト系のパンでは良い結果を得ることは難しいです。
(特に菓子パンは多量の糖分で発酵力が阻害されているため、減らしすぎ厳禁です)
具体的にどんな弊害があるの?
長時間に及ぶ最終発酵で生地のコシが緩みすぎて
上方向のボリュームに欠けたりガス保持力も低下します。
なので、既存の通常製法レシピからオーバーナイト法に自らアレンジして作るといった場合においては、イースト量を半分以下に減らすことはオススメできません。
次の項目でご紹介する過発酵対策をやってみてもオーバーしてしまう場合に限り、イーストを微量減らすことを検討してみましょう。
その際の減らす量ですが、インスタントドライイーストのレシピにおいてはこちらを目安にしてみてください。
- 元が1.0%の場合…0.8%に減らしてみる
- 元が1.2%の場合…1.0%に減らしてみる
- 元が1.4%の場合…1.2%に減らしてみる
元が0.8%以下の場合はどうするのか?
その少なさだとイースト量を変えなくても、他の要件を調整すれば過発酵はかなりの確率で防げるはずです。
どうしても厳しい場合は同様に0.2%減らしてみましょう。
イーストを1/2以下に減らすべき唯一のケース
上で解説したのはあくまで一般的なレシピを使用している場合の話です。
近年、時短を目的としたイースト高配合レシピが出回っています。
インスタントドライイーストを2~3%も使用しているレシピをオーバーナイトに置き換える場合、流石にイーストを減らさないと発酵オーバーしてしまうでしょう。
基本的には1.2%以下に抑えて、菓子パン生地のようによほど砂糖が多い場合でも1.4%以下までは減らしましょう。
こうしたケースに限って言えば、元が3%レシピで1%に変えれば確かに「1/3量に減らす」という表現も正解ですね。
まとめ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
- オーバーナイト法ではパンの保湿性と風味が向上する
- 様々なタイプのオーバーナイト法があり、それぞれメリット・デメリットが異なる
- 生地の温度変化をイメージすることが発酵具合をコントロールするコツ
- イーストの減らしすぎに注意
様々なオーバーナイト法の違いを理解することで、その時々の状況に最適な方法をチョイスできるようになり、パン作りの幅がよりいっそう広がります。
ぜひご活用ください‼