塩の量を減らしてパンを作りたいけど
ただ減らすだけでもいいの?
パン作りで塩は少量しか使いませんが、あるのと無いのでは大きな違いが出てしまう重要な材料です。
この記事では、パン作りにおいて塩がどのような役割を果たすのか解説します。
- 塩が生地感や焼き上がりに与える影響
- 塩の量を変えることで起こる生地と完成品の変化
- 塩を入れるタイミングでパン作りを自在にコントロールする方法
読者・視聴者様の声
この記事で学んだ”後塩法”を実践したら
パン作りが楽になりました!
塩の重要性が理解できたので0.1g単位で
計量するようにしたら、仕上がりが安定してきた!
パン作りにおける塩の役割
味の輪郭を整える
パンの表面に塩がトッピングしてある場合は別ですが、基本的にパンの生地部分を食べて強い塩味を感じることはないでしょう。
ですがパンにおける塩の役割は塩味ではなく、小麦粉やその他素材の味を引き立てることです。
実際に塩を入れ忘れてパンを作ると、何とも言えない素っ気ない味になってしまい、決して美味しいとは言えません。
スイカをそのまま食べてもあまり強い甘味を感じないのに塩を振ると甘さを感じられるようになるのと同じで、ごく少量の塩味はパンの主原料である小麦粉のわずかな甘味を際立たせ、味の輪郭をハッキリさせるのです。
生地の骨格を強化する
塩にはパン生地の骨格であるタンパク質「グルテン」を引き締める作用があります。
分子レベルの出来事なのでその原理の全てが解明されているわけではありませんが、グルテン分子間の水分子を程よく脱することでより密な構造となることがわかっています。
グルテンの網目構造はパン生地の柱であり、柱が密になればより強い骨格の生地となる。
骨格を強化することでガス保持力が向上し、結果として膨らみ可能上限がアップしボリュームあるパンになります。
発酵のコントロール
塩には微生物の働きを抑制する作用があります。
その原理は「浸透圧」の上昇にあります。
分子レベルの小さな物質だけが通れる膜を隔てて濃度の異なる液体を隣り合わせで置くと、それらの濃度が同じになるまで水分子が勝手に膜を通って移動してしまうのですが、その時の圧力のことを浸透圧と言います。
隣り合った液体の濃度に差があるほど、浸透圧が高いということになります。
この原理がパン生地内の水分と酵母菌内の水分でも起こります。
人間が水不足になると体調が悪くなるのと同様に、微生物も脱水されるほど活動が鈍くなります。
それは生命の活動は常に「酵素」の働きが必要であり、酵素は十分な水分が必要だからです。
ちなみに酵母菌が生命活動に使う酵素には「チマーゼ」「マルターゼ」「インベルターゼ」などがありますが、いずれもパン生地の発酵に欠かせない酵素であり、これらが抑制されるイコール生地の発酵速度が遅くなるということです。
発酵が遅くなるんだったら、むしろ塩は入れないほうが良いんじゃないの?
発酵が進みすぎてしまうことを防ぐことによって得られるメリットがあります。
また、パン生地の発酵には酵母菌のみならず乳酸菌の活動も重要な役割を担っていますが、これに対しても効果的に働きます。
それぞれ次の項目で解説します。
焼き色の改善
酵母菌による糖分消費を程よく抑制することで、焼成直前まで生地内に残存する糖分量を確保することができます。
残存糖分はパンの焼き色や風味に大きな影響を与えるため、塩による発酵抑制効果でパンの風味まで変わると言っても過言ではありません。
異常発酵・雑菌繁殖の抑制
パン生地の発酵では、酵母菌だけでなく乳酸菌の働きも重要な役割を担っています。
特にポーリッシュ法などを利用した「発酵種法」においてその働きはより目立ちます。
サワー種など粉で育てる自家製酵母では酢酸菌の働きも影響を与えています。
その働きとは主に乳酸や酢酸といった有機酸やエステルなど、風味の向上に寄与する様々な物質の生成や、旨味成分であるアミノ酸の生成など多岐にわたります。
これらの菌は小麦粉に元々付着していたものや空気中から入り込むものなどが活躍するのですが、稀に発酵種や生地の管理が上手くいかず異常発酵を起こし、乳酸や酢酸が出すぎて酸っぱくなりすぎてしまいます。
塩で微生物の働きを程よく抑制しておくことでこのような異常発酵を防ぐことができます。
また、イーストをごく少量しか使わない発酵種を長時間発酵させる場合、酵母菌の数が少ないため雑菌繁殖のリスクが高くなります。
それも塩の作用で抑制しておくことで防ぐことが可能です。
塩の量を変えるとどうなる?
塩分摂取量を抑えたいから
パンの塩も減らしたいんだけど…
塩には様々な役割があり、また他の材料とのバランスでレシピが成り立っているため、量を増やしたり減らしたりするとレシピ通りには作れません。
ここでは塩の量を変えた場合の影響についてそれぞれ見ていきましょう!
増やした際の影響
- 発酵が抑制される
- 生地の弾力が強くなる
- 味が濃くなる
- ミキシング時間が長く必要になる
塩の量は基本的に、パンの種類や配合によってその最適量が決まってきます。
例えば砂糖5%使用の食パン生地なら塩2%、砂糖25%使用の菓子パン生地なら0.8%といった具合に、主に砂糖の量とのバランスで決められています。
これは砂糖にも発酵抑制の作用があるからです。
砂糖が多い菓子パン生地では、多量の糖分によって発酵力が落ちるから塩の量が食パンの半分程度に調整されているのです。
これを知らずに菓子パン生地で塩を増やしてしまうと、更に発酵力が低下してしまいます。
また、菓子パンといえばクリームパンやチョココロネなど、薄く伸ばしたり細長くしたりと生地を大幅に変形させるものが多いですよね。
本来、砂糖が多く塩が少ないことによって伸びの良い生地が出来る菓子パン生地はこのような成型にうってつけなのですが、塩が増えればコシが強まるため成型は少しやりづらくなるでしょう。
たったの1%で発酵力に差が出るのはなぜ?
砂糖5%と25%に大きな違いが出るのはわかるけど
塩1%を2%に変えたところで、そんな変わるの?
塩も砂糖も、発酵力を低下させるメカニズムは浸透圧の上昇にあります。
砂糖5%を25%を変えたら浸透圧がかなり上昇するのはなんとなく想像できますよね。
その差は20%もあるのですから。
では、塩の1%を2%変えても1%しか差が無いから、そんなに変わらないのではないか?と感じますよね。
実は塩の浸透圧は砂糖(ショ糖)の12倍なので、単純計算でいくと塩を1%増やすと砂糖12%分の浸透圧上昇があるのです。
そのためたったの1%でも増やすと発酵力は低下します。
砂糖5% 塩2% | 砂糖25% 塩0.8% | 砂糖25% 塩2% | |
浸透圧 | 砂糖29%分 | 砂糖34.6%分 | 砂糖49%分 |
最大でどのくらい入れて良いのか?
塩を入れられる最大量は砂糖の量など配合によって変わるので一概には言えませんが、おおむね0.8%~2%の範囲で調整されているレシピがほとんどです。
しかし最近は水の量を通常より増やしたハード系が日本で流行っています。
基本的なハード系だと塩は2%ですが、この場合だと多くて2.2%まで増やしているレシピも見られます。
ただでさえイースト少なくて発酵が遅いハード系なのに
塩を増やして問題はないの?
塩の量を考える上で最も重要なのは砂糖の量ですが、もう一つ忘れてはいけないのが水の量です。
浸透圧は塩分濃度の薄いところから濃いところへ水分子が移動する現象です。
浸透圧を下げるには塩を減らす以外にも、水を増やすことでも達成できます。
という事は、同じ塩2%の生地でも水70%と水80%で比べたら、後者の方が浸透圧は低いということです。
基本的なフランスパンの水分量は多くても70%まで、最近ではそれより多い74%以上のものもあるため、そういった場合には塩2%を超える配合でも十分成立します。
減らした際の影響
- 発酵速度が早くなる
- 焼き色が薄くなる
- 生地が緩くなる
- ボリュームダウン
- 味がぼやける
- ミキシング時間が短くなる
ほんの少しの塩の量でも発酵力には大きな影響を及ぼします(こちらの項目で解説した通りです)。
そのため塩を減らすと発酵抑制の作用が弱まり、発酵が早くなり焼き色も薄くなります。
また、グルテンの引き締め作用も弱くなるため生地のコシが緩くなり、ガス保持力が低下してパンのボリュームも劣ります。結果としてふわふわ感も減ります。
塩無しでパンは作れるのか?
塩がそんなに重要な存在なら
塩なしでパンは作れないのかな?
実はイタリア・トスカーナ地方に古くから伝わるの伝統的なパン「パーネ・トスカーノ」は、正真正銘の塩なしパンです。
12世紀に塩の流通が止まったことによる価格高騰から仕方なく誕生したパンと言われていますが(諸説あり)、現代では味の濃い料理と一緒に食べることを前提として、料理の付け合わせとして活躍しています。
パーネ・トスカーノの一般的なレシピでは、中種を一晩じっくり常温発酵させて発酵風味や旨味成分を生成することで、パンらしい味わいを少しでも補う調整がされています。
また、塩の無い生地はグルテンの締まりが弱くベタつきがちなので、中種の長時間発酵でグルテンの酸化を促すことで、少しでも扱いやすい生地にする努力があります。
こういった工夫があってこその塩なしパンですから、何の工夫もなく通常のレシピからただ塩を減らすだけでは、ただの素っ気ない味わいの美味しくないパンになるでしょう。
塩なしパンを作りたいなら
まずはパーネ・トスカーノを極めよう!
参考文献:基礎からわかる製パン技術(著:吉野精一)
塩を入れるタイミングでパンが変わる
塩はミキシングの最初から粉と一緒に混ぜ合わせることが多いですが、生地がある程度まとまってから加える「後塩法」という手法があります。
主にハード系でよく採用される手法ではありますが、僕は手ごねでパンを作る方々にはハード系に限らずソフト系での活用もオススメしています!
以下に後塩法の効果について解説します。
ミキシング時間の短縮
ミキシングの最初に塩を入れなかった場合、ミキシングにかかる時間が短縮されます。
と言うよりも、最初から塩を入れるとミキシング時間が長くなってしまうのです。
塩は小麦粉よりも水を早く吸収するため、最初から入れるとグルテン形成が遅れてしまうのです。
グルテン形成にはグルテニン・グリアジンが水を吸う必要がありますから、その水が塩に奪われてしまうのです。
最初に塩を入れずに捏ねると、グルテニン・グリアジンが塩に水を奪われることが無いためグルテン形成がスムーズとなり、結果的に生地の完成が早まるのです。
油脂を最初から入れる行為もグルテン形成を阻害することに繋がりますが、これとはまた異なる仕組みということですね。
発酵による膨らみスタートが早くなる
発酵による炭酸ガスが本格的に発生し始めるのはミキシング開始から約20分後です。
この時間差の原因は、酵母菌が砂糖(ショ糖)を果糖・ブドウ糖に分解し、さらにそれらを炭酸ガスと水(アルコール)に分解するまでにそのくらいの時間がかかることにあります。
これらの分解の仕事はすべて酵母菌がもつ「酵素」によるものです。
塩の浸透圧で酵母菌の酵素活性が少し弱まった前提での”約20分後”ですから、ミキシング開始時に塩を入れなければその間の酵素活性は弱まりません。
その結果、分解スピードが早くなり膨らみスタートのタイミングも早まります。
塩の種類でパンは変わる?パン作りにオススメの塩
正直なところ、ミネラル豊富で高級な美味しい塩をパン作りに使っても、パンの味が劇的に変わるということはありません。
なのでしいて言えば、使いやすい塩がパン作りにオススメです。
パン作りに使いやすい塩の特徴は次の3点です。
- 粒子が細かい
- 程よくサラサラ
- ミネラル含有量が少ない
後塩法をする場合のことを考えると、粒子が粗いよりも細かいほうが生地に混ざりやすいので、無駄にミキシングを延長しなくて済むでしょう。
また、塩は元からサラサラなものと水分が残っていてしっとりしているものがあります。
使いやすいのは前者でしょう。
しっとりしている塩は湿気を吸いやすく、湿気ると固まってしまいます。
高級な塩の中には塩分以外の成分(ニガリなど)が豊富に含まれているものあります。
ですがこれはあまりオススメしません。
基本的にパンのレシピで使われている塩は「食塩」です。
一方で高級な塩の中には塩分相当量が70%程度しか無いものもあります。
これらを同じ量で使ってしまうと…
食塩 | 某A塩 | |
食塩相当量 | 99.5% | 71.6% |
2g使用時の実質食塩量 | 1.99g | 1.43g |
なんとBP%にして0.5%もの差があるのです。
こちらで解説した通り、塩は微量の誤差でも大きな影響をもたらすので、レシピ通りに作っているつもりが全然レシピ通りに作っていないことになるのです。
これらの特徴を全て満たすオススメの塩を挙げるとなると…
オススメの塩はコチラ!
結局、これらのようにごく普通の食塩が使いやすいです。
ただし、塩パンなどトッピングに使う場合は別です!
トッピング用の塩はこだわろう!
ベーカリーで大人気の塩パンをはじめ、仕上げに塩をトッピングする場合はその塩の種類にはこだわりましょう。
これは塩以外にも言えることですが、トッピングは口の中で最も最初に味わうことになる材料であり、かつ見た目の印象も大きく変える重要な存在です。
塩パンなどのトッピングにオススメの塩はこちらです。
オススメのトッピング塩
某人気ベーカリーの塩パンでも使用!
パン全体に均一にトッピングしたいなら左のサラサラタイプ。味と食べやすさ重視なら断然コチラです。
見た目のアクセントを重視するなら右の大粒タイプ。映えるのは確実にコチラですが、人によっては「しょっぱすぎる」と感じる場合もあるので使う量に注意です。
まとめ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
- 塩には味の調整以外にも生地の引き締めや発酵コントロールなど様々な役割がある
- 塩の浸透圧は砂糖の12倍のため、少量の誤差が大きな影響を及ぼす
- 塩なしで作りたいならパーネ・トスカーノをまず極めよう
- 塩の後入れで捏ね時間が短縮され、発酵スタートも早まる。
塩は天然の製パン改良剤と言われるほど、パン作りにおいて多くの効果をもたらす材料です。
その役割をしっかり理解し、レシピアレンジに役立ててください!