パンがどれだけ大きく膨らむことが出来るか、それを左右する生地の「ガス保持力」。
ガス保持力の原理を理解することで、パン作りのあらゆる失敗を防ぐことが出来るようになります。
この記事では、ガス保持力の強弱に影響を与える要因や、それをコントロールする方法について解説します。
- 粉の種類を変えた時に、パンの大きさがどれだけ変わるか予測できるようになる。
- 食パン作りにおいて、生地の種類により異なる適切な生地量がわかるようになる。
- 大きく膨らむ生地を作るために必要なポイントがわかる。
ガス保持力とは?
ガス保持力とは、発酵で発生した炭酸ガスをパン生地が抱え込む能力のことを指します。
ガス保持力が高いほど生地はより多くのガスを内包できるため、より大きなパンが作れます。
反対に、ガス保持力が低いほど抱え込めるガス量が少なくなり、パンの大きさとふわふわ感が低下します。
ガス保持力を把握することの大切さ
最終発酵で普段より大きく膨らませれば、ボリュームも補えるんじゃないの?
誰しもそのように考えたことがあると思いますが、実際にはそのようにやっても上手く行かないことが多いです。
こんな経験ありませんか?
「粉を変えたら窯伸び悪化した」
「最終発酵を延長したら窯伸び悪化」
発酵を延長するだけでは大きく膨らませることは出来ないのです。
それはなぜか?どうすればいいのか?
その原理はもちろん対処法も、ガス保持力について理解を深めなければ最適解を導き出すことは出来ません。
まずはガス保持力に影響を及ぼす要因について見ていきましょう。
ガス保持力に影響を与える要因
粉の種類
粉の種類はパン生地のガス保持力に大きな影響を与えます。
一番簡単なところで言うと、グルテン量の多い強力粉はガス保持力が高く、グルテン量の少ない薄力粉はガス保持力が低いです。
もちろん薄力粉だけでも上手に作れば美味しいふわふわパンを作ることは可能ですが、膨らみのマックスがどうしても強力粉より劣ります。
ですがガス保持力に影響を与えるのはグルテン量だけではありません。
でんぷんの質が違うことでも、生地の硬さや伸びの良さなど大きく変わってきます。
特に国産は外国産と比べてでんぷんの質が特徴的で、アミロースが少ないため吸水能力が高い傾向にあります。
そのような小麦粉だと、同じたんぱく量の外国産で作る時と同じ水分量だと生地が硬くなり、伸びの悪い生地になりがちです。
このようにグルテン量とでんぷんの質の両方が異なることで生地感が大きく変わり、その結果ガス保持力も上下します。
でんぷんの仕組みについてはコチラの記事で学べます!
こね具合
こね具合が不足しているとガス保持力は弱くなりますが、そもそもなぜ十分なこね具合だとガス保持力が強くなるのでしょうか?
正しいミキシングでは生地に空気が混入されます。
グルテンは酸素と結びつくことでより強く丈夫になります。これをグルテン酸化と呼びます。
グルテン酸化によってグルテン同士の結合もより複雑になり、骨格としての機能が向上することでガス保持力が高まるのです。
建築物で例えると、柱と柱をつなぐ”梁“が増えるのがグルテン酸化です。
グルテン酸化について詳しくはコチラの記事をチェック!
製法の違い
同じ材料でも製法が違うとガス保持力に差が出ます。
これは僕の主観も入りますが、ガス保持力の強さを製法で比較すると
「中種法≧老麺法≧液種法=直捏法>>>湯種法」
このようなイメージになります。
中種法から直捏法までの4つに関しては、上手に作ることができればどれも遜色なく十分ふわふわで大きく膨らむパンが作れますし、逆にうまく扱えていないと例え中種法であってもガス保持力が低下することはあります。
なのであくまで目安としての順番ではありますが、湯種法は上手に作っても他の製法にはガス保持力で敵うことはありません。
イーストの種類
意外と知られていないことですが、イーストの種類が違うだけでもガス保持力に差が出ます。
ご家庭でのパン作りでよく使われているインスタントドライイーストのほとんどはビタミンCが添加されています。
ビタミンCは製パンで酸化剤として利用される添加物なのですが、生地に酸素を引き込むことでグルテン酸化を促す効果があります。
グルテン酸化については先述しましたが、最近ではビタミンCが添加されていないイーストもご家庭で頻繁に使われている様子が見られます。
- 生イースト
- セミドライイースト
- 青サフ・ピザサフ
- 白神こだま酵母
- ドライイースト(インスタントじゃない方)
- とかち野酵母ドライ(インスタントじゃない方)
これらを使う場合、ビタミンCが添加されている普通のインスタントに比べて生地感が変わるだけでなくガス保持力も低下することを視野に入れましょう。
特に予備発酵が必要な「ドライイースト」には、グルテンを軟化させる作用のある物質が含まれており、同じ配合で作ったとしても生地はまるで別物です。
ガス保持力を低下させる材料
パン作りで使われる食材の中には、生地のガス保持力を低下させてしまう材料もあります。
最もわかりやすいのがくるみやレーズンなどの大物具材ですね。
これらの具材は生地の中に”穴”をあけてそこに居座っているようなものです。
家で例えたら柱材に異物が混入しているようなもので、耐震性に不安がある家です。
また、小粒材料であるゴマや粉末食材であるココアや抹茶も同じくガス保持力を低下させます。
グルテンを含まない材料が増えるということは、生地全体で見たら相対的にグルテン割合が減っているのと同じだからです。
加えて、意外と知られていないことですが、豆乳とココナッツミルクは生地の伸展性を大きく阻害します。
牛乳の代用で使えると思って全量を置き換えると膨らみが著しく阻害されます。
発酵具合
生地の発酵が進むと、酵母菌により生成されたアルコールが生地内に蓄積されていきます。
アルコールにはグルテンを軟化させる作用があります。
程よい発酵具合であれば生地の伸展性を向上させる”プラスの効果”として働きますが、過剰量だと生地が軟化しすぎてガス保持力が低下する”マイナスの効果”となります。
また、アルコール云々を抜きにしても発酵オーバーはガス保持力を低下させます。
パン生地は成型作業で圧力が加えられるとグルテンが強化されコシが強くなります。
コシが強くなった生地を寝かせると、今度はグルテン組織の緊張が緩み生地の伸展性が向上します。
ですが寝かせすぎると弱くなりすぎてしまい、ガスを保持する踏ん張りがきかなくなります。
薄力粉などグルテン量の少ない粉で作った場合など、ガス保持力が弱い生地を二次発酵の延長で無理やり大きくしても良い結果が得られないのは、発酵オーバーでガス保持力が弱まることが大きな要因です。
最悪、焼成で全く窯伸びしないどころか縮む場合もあります。
発酵不足だとガス保持力は高い?低い?
発酵不足の生地が焼成で上手く膨らまない主な理由は以下の二点です。
- 熱で膨張するガスの量が元から少ないから
- 生地の柔軟性が不十分で膨らみにくい
ガス保持力そのものは決して弱くなく、むしろ生地が強すぎるが故に内側から膨らませにくい状態と言えます。
新品の風船をそのまま膨らまそうとしても、硬くて膨らませにくいですよね?
発酵不足の生地はそれと同じ状況と言えます。
膨らませる前にしっかり手で伸ばしほぐすと膨らませやすくなりますよね?
パン生地の場合は十分に発酵をさせることで膨らみやすい状態にします。
生地のpH
「パン作りに最適なpHは弱酸性である」
というのは聞いた事がある方も多いでしょう。
その理由として語られることが多いのは、酵母菌の活動が活発になるからという理由です。
しかし、影響はそれだけでなく、グルテンの締まり具合にも影響を与えます。
酸性に傾きすぎると柔軟性が無くなりブチブチと生地切れするためガスを保持できず、アルカリ性に傾きすぎると弾力が弱化しすぎて形状を保持できなくなります。
弱酸性が程よい締まり具合である程度の伸展性も残るためガス保持力が最も高く、故に製パンに最適とされています。
通常、ごく普通のレシピで生地のpHが狂う事はあまり無いですが、pHが低過ぎる自家製酵母を使ったり、レモンなど強酸性食材を多量に使ったり、そういったことでpHが狂い失敗してしまうケースは見受けられます。
水の硬度
水の硬度も生地の物性に影響を与えます。
文字通り硬水はグルテンの締まりを強くする作用があります。
これは硬水に多く含まれるミネラル分による効果です。
一方で軟水だとその効果は得られない為、柔軟性のある生地になります。
どんなパンでも硬水を使えば良いってこと?
なんでもかんでもグルテンの締まりを強めれば良いというわけではありません。
グルテン量が多くしっかり捏ねて生地を仕込むソフト系のパンは、元から生地が強いためわざわざ硬水でそれ以上強くする必要は無く、むしろ弾力が過剰となりデメリットが目立ってしまいます。
グルテン量が多くない、その上そこまで捏ねないハード系のパン作りにおいて、硬水の良さを発揮できると言えるでしょう。
ハード系は元々が弱い生地であることが多いため、硬水でコシを補うことで膨らみを改善しエアリーで口溶け良いパンを作ることが出来ます。
ガス保持力が低い生地の特徴
窯伸びが弱い
オーブン庫内に入れられたパン生地は、温度上昇によって引き起こされる様々な作用で急膨張します。
ガス保持力が低いと膨張するガスをいくらか漏らしてしまい、結果として窯伸びが弱く焼き上がりが小ぶりになります。
同じ大きさまで発酵しない
ガス保持力が高い生地は、発酵で発生する炭酸ガスもあまり漏らさず抱え込むことが出来ます。
一方でガス保持力が低いと生地からガスがいくらか漏れてしまうため、たとえ同じイースト量で同じ時間発酵させても膨らみが小さい傾向にあります。
この時、膨らみが小さいことから「発酵が遅い」と勘違いされるケースが多いですが、決して発酵が遅いわけではなく、同じ速さで発酵しているけれどガスを漏らしているだけだと捉えるべきです。
特に最終発酵では同じ大きさまで膨らむのを待っているうちに、どんどんガス保持力が低下しガス漏れしていき気づいたら発酵オーバー、なんてパターンもあるので注意が必要です。
ガス保持力が低い?と思ったらやるべき対処法
こね具合の確認
- 材料の種類と量
- 生地温度(捏ね上げ温度や作業中温度)
- 発酵具合
これら全てをレシピ通りに出来ている自信はあるのになぜかパンの膨らみが悪い、そんなときはこね具合を疑ってみてください。
手ごねはもちろん、ホームベーカリーやニーダーを使って生地作りをしている方も油断しないでください。
むしろ、これらの多くの機種ではこね不足になる傾向にあります。
十分なこね具合にまで捏ね上げることが出来るのは、業務用ミキサーやキッチンエイドなどの卓上ミキサーか、正しいコツを踏まえた手ごねだけです。
使っているレシピが元々捏ねない前提であれば問題ないのですが、しっかり捏ねて作る前提のレシピではこね不足だと膨らみは劣ってしまいます。
こちらの動画でこね具合の見極め力を身に着けたり、今の捏ね方を見直して正しい手ごねをマスターしましょう!
パウダー類の加え方を変える
ココアパウダーなど小麦粉以外の粉物をミキシングの最初から加えると、どんなに良い捏ね方をしていてもなかなかグルテンが繋がってきません。
入れるだけでもガス保持力は低下するのに、良いグルテンが出来ないと更に膨らみが悪くなってしまいます。
それを防ぐためにもパウダー類の後入れを推奨します。
パウダーは事前に適量の水で溶かしてペースト状にしておき、生地が8割程度完成したあたりで加えましょう。
こうすることで、グルテンが繋がりやすいプレーンの状態で良い生地を作ってからパウダーを加えることが出来ます。
適量の水ってどのくらい?
パウダーの種類によって変わるのでその都度調整しましょう。
他にも中種法で作るという選択肢もアリです。
生地量を増やす
- グルテン量の異なる粉に置き換えて作る場合
- ガス保持力を低下させる材料を加えた場合
など、ガス保持力が低くなるアレンジをしている場合は、ミキシングや発酵などの工程が完璧に出来ていても膨らみはどうしても劣ってしまいます。
「そういうアレンジをしている以上は仕方ない」と諦めるしかないのですが、角食パンなど膨らみ具合が重要なパン作りではそうもいきません。
「窯伸びが弱いせいで、綺麗な”角”にならなかった」
そんなときは生地量を増やすことで解決しましょう。
適量のイーストで作るガス保持力の強い生地なら440g/斤ですが、発酵力・ガス保持力共に弱い自家製酵母食パンなどの生地は480g/斤を超えるものもあります。
人間で100kgのダンベルを持てる人と持てない人がいるのと同様に、パン生地も440gだけで角食になれる生地となれない生地があります。
生地のガス保持力に合わせた生地量選択はとても重要です。
この生地に最適な生地量は何グラムだろう?って一度考えてあげよう。
まとめ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
- ガス保持力を考えることで、その生地の膨らみを予測できる。
- 粉の種類やこね具合以外にも様々な要因でガス保持力は上下する。
- ガス保持力が低い生地は強い生地と同じ大きさにまで膨らむことは出来ない。
- 生地の作り方や生地量を見直すことで失敗を改善できる。
型を使って焼くパンは意外と多いので、ガス保持力について理解することはパン作りの成功を増やすのにとても役立ちます。
膨らみがイマイチだと思った時、またこのページに戻ってきて原因をチェックしてみてください!