一時期大きなブームを巻き起こし急速な多店舗展開を見せていた「高級食パン専門店」ですが、近ごろでは様々なブランドで閉店ラッシュが続いています。
ネット上では経営コンサルの方など様々な分野の方がブーム衰退や閉店ラッシュの裏側について語っていますが、高級食パン(高級生食パン)という商品そのものの欠点について触れられていることはあまり無いように見受けられます。
今回は高級食パンブーム衰退の理由のうちの一つとも言える「高級食パン自体の問題点」について、製パン科学研究家の目線で味覚科学を交えて考察します。
登場当初から意見が分かれた!高級食パンに対する味の評価
高級食パン専門店がまだ全国的な多店舗展開に至っていない当初から、既にパンの味に対する評価は分かれていました。
- 耳まで柔らかくて食べやすい
- 甘味があって美味しい
- そのままでも食べられる
といった高評価が目立つ一方で、
- 甘すぎる
- 見た目食パンの菓子パン
- すぐ飽きる
といった意見も少数ながらありました。
「食品の好みは人それぞれだから」
という短絡的な理由でまとめてしまうのも悪くないですが、味覚科学の観点から見るとこのような意見の分かれ方になるのも納得できます。
そして、その観点での見方が最初から出来ていれば、高級食パン業界が大きな失敗をすることも無かったのではないか?とさえ思うのです。
ここからは味覚科学の観点から見た高級食パンの特徴と、美味しさを感じるメカニズムや美味しさを感じられなくなるメカニズムについて解説していきます。
高級食パンを美味しく感じる理由
高級食パンと普通の食パンの配合的な違い
高級食パンの配合は、一般的に日本の皆さんが日常食として食べていた食パンとは大きく異なります。
各社配合は異なりますが、多くの共通点として挙げられるのが砂糖と油脂の配合量です。
通常の食パンは砂糖の配合量が5%前後であり、多くても8%が一般的です。
一方で高級食パンでは砂糖・練乳・はちみつなど多種の甘味料を混合して、最終的に糖分率が12%前後であることが多いです。
油脂量に関しては通常の食パンが5%前後であることがほとんどです。それもバター一本で作るのも稀で、ショートニングやラードといった風味の薄いものを使うことが多いです。
一方で高級食パンはバターの使用量は4%と少な目であっても、生クリームを配合することで結果的に乳脂肪が多く入ることとなり、合計の油脂分率は12%に到達するものもあります。
このように、高級食パンは糖分と油脂分が多いのが最も大きな特徴です。
※配合量のパーセンテージはベーカーズパーセント(粉100に対してどのくらい使うのか)です。砂糖5%の場合は「粉が100gに対して砂糖5g」の割合ということです。
慣れ親しんだ食パンの味とは?
これまでパン業界では「食パン=毎日食べてもらいたいもの」という捉え方の元、砂糖や油脂を高配合で作ることは避けられてきました。理由は単純に飽きやすく毎日食べられるものではなくなってしまうからです。
「ホテルブレッド」の名で売られる比較的リッチな配合の食パンでさえ、糖分8%・油脂8%程度と控えめであることが多かったです。
普段から食パンを食べている人にとっては、そういった「毎日食べても飽きない配合のパン」が慣れ親しんだ食パンの味として深く刷り込まれていたことは容易に想像できます。
対する高級食パンは、それまでの製パン業界における食パンの概念から大きく外れており、言ってしまえば慣れ親しんでいない味と言えます。
この違い、当たり前のように思えるかもしれませんが非常に大きな違いです。
「食パン」を見てどんな味を思い浮かべますか?
ところで皆さん、この写真を見てください。
これを見て、どんな味を思い浮かべますか?
…きっとほとんどの人が慣れ親しんだ普通の食パンの味を思い浮かべるかと思います。
慣れ親しんでいる、つまり「この形だったらこういう味だよな」という先入観がある状態とも言えます。
人間が食べ物を味わう際、まず見た目でその食品の味を無意識に想像しているそうです。この習性が無ければ何か問題のある食べ物を避けることは出来ませんから、太古からの名残とも言えるでしょう。
その後匂いをかぐことで、嗅覚で味を想像することもできます。
最終的に舌で感じる味覚を交えて、脳内で「味の答え合わせ」をしているのです。
「味わう」という行為は、食品を見た時点から既に始まっているのです。
ちなみに上の写真を見て真っ先に「高級食パンの味」を想像した人はあまりいないと思います。
いたとしたら、きっと普通の食パンよりも高級食パンの方を多く食べているとか、最近初めて食べてその時の感動が残っているとか、特殊な状況にあるのではないでしょうか?
ここでさらっと出てきた「感動」という言葉、これこそが高級食パンを美味しいと感じる人がなぜ美味しいと感じたのか、その理由に大きく関わってきます。
高級食パンの味は「ギャップ萌え」!?
皆さん、こんな経験ありませんか?
「熱くないと思って触ったら意外とすごく熱くてビックリした!」
「給湯器の電源を付け忘れ、温かいシャワーを浴びようとしたら冷たくてビックリした!」
どれも「○○と思ったら、全然違った」というギャップによる驚き体験です。
高級食パンを美味しいと感じた経験のある人も、このギャップによる驚きが深く関係していそうです。
見た目はいかにも普通の食パンですから、初めて見た時に脳が想像する味は慣れ親しんだ普通の食パンの味です。
それなのに、実際に食べてみたらその予想とは大幅に異なる情報が脳に送られるのです。
糖分・油脂分が多いことによる味覚の情報はもちろん、パンに精通している人なら発酵風味の差もギャップ情報として送られるでしょう。
(ブランドによっては普通の食パンよりも発酵時間が極端に短い高級食パンもあるからです)
ここでもし、想像していた味よりも味が薄いとか香りが無いとか、そういったマイナスのギャップだった場合はただ少し驚くだけで済むでしょう。
ですが、糖分も油脂分も人間が本能的に欲する栄養素です。食べることで幸福を感じてしまうのが人間です。
「この食パンを食べればこのくらいの糖分と油脂分が得られるんだろうな」
と脳が無意識に感じていたのに、食べたらそれ以上の糖分と油脂分が得られた、プラスのギャップで脳が興奮にも似た驚きを感じてしまう。
その強い感動は冷静さを欠いているとも言えるわけで、「美味しさ」の評価を高めに誤認してしまう、そんな状況に陥った人こそが
「高級食パン、すごく美味しかった!」
と感じたのではないでしょうか?
高級食パン専門店衰退の理由は経営戦略のみにあらず!?
ここまでは高級食パンというアイテムそのものの特徴や、美味しく感じる理由などプラスの側面について解説してきました。
こういったメカニズムを踏まえて考えると、
「この食パンはスゴイ!これ一本でも勝負できる!」
と感じて大量出店の波に乗り出すフランチャイジー(加盟店オーナー)さんが多くいたのも納得できるはずです。
(流石に「こんなパン、ダメでしょ」という感想で参加する人はいないはずですよね。少なくとも商品にいくらかの希望を持てて初めてビジネス的な考察を巡らせるはずです。)
ここからは高級食パンのマイナスの側面について解説していきます。
冒頭でも述べましたが、高級食パン専門店の経営戦略的な観点については経営の専門家の方々がわかりやすい情報を発信してくれているので、ここでは商品そのものの欠点について考察していきます。
高級食パンの「美味しさ」は一過性!?飽きる人が多い理由
「美味しい」が「美味しくない」に変わる人たち
先述の項目で高級食パンを美味しく感じる理由を述べましたが、もし高級食パンを毎日食べ続けるとどうなると思いますか?
初めて食べた時の興奮にも似た驚きは、見た目とのギャップが引き起こすマジックです。
なので、毎日食べることで
「この見た目のパンからこんな味が出ることもあるんだな」
と脳が認識してしまい、食べた時の感動はどんどん薄れていきます。
これこそ「慣れ」というものですね。
試しにこちらの写真をご覧ください。
高級食パンをあまり食べたことが無い方など、まだ慣れ親しんでいない人が見たらこれはよくある角食パンにしか見えないでしょう。
しかし、僕なんかはこれを見ただけで「高級食パンだな」と認識できます。当然そういう味を想像します。
このレベルまで来るともはや感動など一切なく、純粋にパンの風味と味だけで冷静に評価できるようになります。
ですが、このパンを食べて興奮にも似た驚きを味わったという事実もまた脳は覚えています。
食べれば食べるほど、“初めて食べた時のあの感動”が味わえなくなる、そんなマイナスのギャップが深まっていく。
この負のループこそ、はじめは「美味しい」と思った人でも「美味しくない」と感じるようになってしまう大きな要因と言えるのではないでしょうか?
毎日食べれる配合ではないため飽きる
先述した通り高級食パンは糖分・油脂分が通常よりかなり多い配合となっています。
初めて食べた時の感動が薄れてくると、今度は日常食としてのポテンシャルが要求されます。
朝からコッテリしたものを食べるのはキツいと思う方は多いでしょう、高級食パンも通常の食パンに比べたらかなりコッテリしています。
そういった単純な理由で飽きやすいというのがまず一点。
もう一つ、高級食パンが飽きられやすい大きな原因があります。
他の食品との相性が悪い
高級食パンは生地そのものが甘く個性があるため、他の食品と合わせた場合の相性が悪い場合が多いです。
特に違いが大きいのがピーナッツクリームやチョコホイップなど甘いスプレッド類を塗って食べるパターンです。
高級食パンにこれらを塗ってもクリームの甘さや風味が引き立たないため、あまり美味しく感じないのです。
一方でパスコの「超熟」のようにシンプルなパンほど、クリームの甘さと風味がとても際立ち美味しく感じられます。ジャムなども同様です。
カツサンドなど具材のインパクトと食感の主張が激しいものであれば相性の良し悪しの差が縮まりますが、塗って食べる食品は食感の主張がほぼ皆無なのでパン自体の味が重要となってきます。
これは決して僕の個人的な好みの話ではなく、味覚科学で言うところの「ヘテロ感」というのが関わっています。
ヘテロ感について簡単に説明すると、一つの食品を食べた際に感じる「色んな味覚・食感が楽しめる感」です。
これが人間に感覚として備わっている理由は何だと思いますか?
生きるためには様々な栄養素を摂取する必要があり、それは太古から変わっていません。なるべく色々な食べ物を食べた方が異なる栄養素を摂取できます。
「今、どれだけ様々な栄養素を摂取出来ているのか」を知覚するために、味覚や食感の種類の多さで判断しているわけです。
例えば白米は大部分が糖質で成り立つため、それだけで食べ続けていても食感や味に大きな変化はありません。ですが塩を振りかけることで美味しさがグッと増します。これは糖質に加えて塩分も摂取できることは体にも嬉しいことだからです。
また、「おかずと一緒に食べればご飯が進む」というのも、味覚に加えて食感の変化が楽しめるから飽きずに食べ進められるということですが、これも異なる食感が加わることで「色々な栄養素を摂取できている」と脳が感じるため、たくさん食べられるのです。
甘いものとしょっぱいものを交互に食べたくなるのも同じくヘテロ感によるものです。
話をパンに戻すと、パスコの超熟のようなシンプルなパンは甘味が少ないため、甘味の強いクリームとの違いが際立ちヘテロ感が増します。一方で高級食パンとクリームの組み合わせは「甘い×甘い」なので違いが際立たずヘテロ感も減少します。
通常の食パンならその日の気分で色々な味に変えて楽しめるのに、高級食パンだと味変の選択肢が限られてきてしまう。
そんな欠点も、日常食としての選択肢に入れてもらえない大きな要因でしょう。
日常食としての欠点と開店立地の相性
高級食パンが日常食として利用されにくい商品であることを科学的にもご理解いただけたかと思いますが、そんな商品一本で商売をしている業態ですから、開店する際は立地の相性が非常に重要となってきます。
銀座や新宿など大きな街であれば都内各地(都外も)から人が集まってきているため、例え少々裏路地の店舗であっても多くの新規集客が見込めるでしょう。
ですがもっと西側の〇〇市と呼ばれるような郊外はいわゆるベッドタウンですから、基本的にその地域に住んでいる人が通行人のほとんどでしょう。
店舗数がまだ少ない初期のころなら「銀座や新宿は遠いけど、ここなら近い!」とわざわざ買いに来るお客さんも見込めましたが、大量出店により更に近い店舗が出来ればそこに流れるでしょう。
そうなると地域住民のリピーターを確保する以外に方法が無くなります。
そこで日常食として利用されにくいという欠点が大きな痛手となってきます。
もちろん、例えベッドタウンであっても「都心方面で人と会いにいくので手土産にもっていく」なんて人も中にはいるかもしれませんが、大量出店のせいで
「あ~、そのパンうちの近くでも買えるんだよね~」
と思われてしまうパターンも増えてしまうわけです。”希少性による喜び”を与えられない商品になってしまうのです。
紀伊国屋の手土産なら、よほどの生菓子でもない限りはすぐに食べきる必要も無い、けれども食パンだと三日以内に食べきるか、自分で切って包んで冷凍しなければいけないという手間もあります。そうなると手土産にするのも躊躇してしまう人は一定数いるはずです。
こういった問題点をまるで考慮していないかのような立地で開店するケースも多く見受けられ、それも大量閉店に追い込まれる理由の一つにあるのではないでしょうか?
高級食パン業界の経営戦略的な問題点については、僕の動画ではなく永田ラッパさんの動画でとてもわかりやすく解説されています。
非常にわかりやすいのでぜひご覧ください。
まとめ
高級食パンという商品そのものが、いかに大量出店と相性が悪いかというのがおわかりいただけましたか?
味覚科学の観点からパンを見ると、非常に奥が深いですね。
ここで解説した味覚科学について、ぜひ日ごろから意識してみてください!