パンのレシピに「スキムミルク」って書いてあるけど…
これって絶対に必要なの?
パン作りでは脱脂粉乳(スキムミルク)が使われることが多いですが、普段は常備していないお家のほうが多いですよね。
わざわざ買うのも面倒だからと無しで作りたいと一度は思うでしょう。
ですが、有るのと無いのでパンはどうかわるのかご存じですか?
この記事では、スキムミルクがパン作りでどのような役割を担っているのか、実際の検証も交えてその効果を解説します。
パン作りでスキムミルクを入れる理由
スキムミルクはパン作りにおいて必須材料ではありません。
ですが、パン生地の中で科学的に様々な効果を与えるので、役割は多岐にわたると言えます。
ここではスキムミルクなどの乳製品がパン作りでどんな役割を担っているのかがわかるように、効果をプラスとマイナスに分けて解説します。
乳製品がパンに与えるプラスの効果
栄養価の改善
小麦粉は必須アミノ酸の「リジン」が最も不足しているせいで、アミノ酸の組成バランスが悪いと言えます(アミノ酸スコアが低い)。
バランスが悪いとどうなるの?
そのほかのアミノ酸が有効活用出来なくなり
たんぱく量の多さを栄養として活かせないのです。
ですが、スキムミルクをはじめとした乳製品にはリジンが豊富に含まれているため、必須アミノ酸のバランスが改善されパンとしての栄養価がグンと高まります。
今の時代はパン以外で色々なものを食べれば栄養バランスを整えられますが、戦後の日本ではいかに効率よく国民の栄養価を改善するかが急務だった故、配給のコッペパンに脱脂粉乳が配合されているかどうかというのは重要なポイントでした。
焼き色の向上
スキムミルクや牛乳などに含まれている「乳糖」という糖分は、酵母菌の呼吸・発酵活動では消費できない糖分です。
そもそも酵母菌は糖分をエサとして利用する際に、自身が持つ酵素の力を使います。
麦芽糖には麦芽糖分解酵素(マルターゼ)を、ショ糖(砂糖)にはショ糖分解酵素(インベルターゼ)を、それぞれの糖分に専用の酵素を使ってブドウ糖や果糖へ分解します。
しかし酵母菌は乳糖分解酵素(ラクターゼ)を持っていないため、これを分解することが出来ません。
そのため焼成直前まで生地に残り続け、残った乳糖は焼成時にアミノ酸との結合反応「メイラード反応」の材料となり、焼き色の向上に繋がります。
仮に発酵オーバーで生地中の糖分を使い果たしてしまっても、乳糖が含まれていればその分は最低限の焼き色として保証されると言えます。
風味の向上
乳製品としてのミルキーな風味を加えるだけではありません。
先ほどの項目で乳糖は発酵で使われず焼き色を向上させると解説しましたが、まったく同じ原理で風味の向上にも繋がります。
パンの焼き色の元となる褐色物質の生成も、独特な香ばしさの成分の生成も、どちらもメイラード反応によるものだからです。
パン屋さんのそばを通った時に香る美味しそうなパンの香り、あれはオーブンからあふれるメイラード反応の香りが多くを占めています。
(デニッシュなどリッチなパンを多く扱うお店だと、素材の香りが多くを占めていますが…)
生地中に糖分が残り、焼き色と同時に香りも向上する。これが乳製品による風味改善の仕組みです。
そもそも、スキムミルクは牛乳など他の乳製品と比べてミルク風味が弱いので、ミルク感を与えるという目的にはあまり有効とは言えません。
乳製品がパンに与えるマイナスの効果
生地を硬くする
スキムミルクは固形分であり、小麦粉と同様に水を吸う能力があります。
そのため同じ水分量で作るとスキムミルク無しの生地より硬くなります。
生地が硬いということは、内側からのガス発生に対する抵抗が強いということなので、発酵時の膨らみにくさに影響します。
新品の硬い風船は膨らませにくいけど、少し手で伸ばして柔らかくすると膨らませやすいですよね?パン生地も硬いと膨らませにくいのです。
また、グルテンを引き締めることによる硬さではなく単に生地が硬くなるだけなので、しなやかさに劣りガス保持力も少し低下します。
そういった理由から最終的な焼き上がりボリュームも劣る傾向があります。
スキムミルクの代わりに牛乳で作ったとしても、牛乳にも固形分が含まれているので同様の影響が見られます。
発酵を遅くする
乳製品を使うと生地の発酵が遅くなります。
これは先程説明した生地が硬くなることによる膨らみにくさも原因の一つですが、もう一つ重要な原因として「pHの緩衝作用」があります。
乳製品を使うと生地のpHが変化しにくくなるのです。
本来パン生地というのは工程を通して徐々にpHが弱酸性に傾いていくものです。
酵母菌の発酵により生じた二酸化炭素が生地中水分に溶け込んだり、粉に付着していた乳酸菌が生成する乳酸などによってpHが低下します。
そして生地pHが弱酸性になるほど酵母菌の活性が高まるため、発酵力は時間経過と共に強くなっていくのです。
ところが乳製品はそのようなpHの変化を緩やかにしてしまうため、発酵力の向上効果が抑えられてしまいます。
よって、特に後半の工程における発酵力に差を感じやすいと言えます。
生地の完成が遅くなる
スキムミルクなどの乳製品を使うと、使わない時と比べて捏ね時間が少し長く必要になります。
乳製品に含まれる固形分はパン生地の中ではグルテン形成の邪魔物になるからです。
(乳製品に限らずあらゆる食材の固形分は生地の中では邪魔物となります。)
乳固形分は粒子がとても細かいから最終的にはあまり問題ないように見えていますが、実際やってることはクルミやレーズンなどの具材を最初から一緒に捏ねているのと同じことなのです。
パン作りに使う様々な乳製品と特徴
スキムミルク(脱脂粉乳)
スキムミルク(脱脂粉乳)とは、文字通り牛乳から脂肪分を抜いた脱脂乳を乾燥・粉末化したもの。
保存性と使い勝手が良いため製パン業界で最もよく使われる乳製品です。
牛乳で作ったパンとの違いは、微妙な差ですが風味があっさりしていて主張が弱い点です。
微妙な差ゆえにスキムミルクと牛乳は互いに代用が可能です。
全粉乳
全粉乳とは牛乳を乾燥・粉末化したもので、スキムミルクと違って脱脂していないため乳脂肪も含んでいます。
全粉乳と水を12:88(わかりやすく粉13gに水90g)の割合で溶かせば成分的には牛乳とほぼ同じになります。
乳脂肪がそのまま残っているため風味の点でも牛乳とほとんど同じ再現が可能です。
一つ注意点があるとするなら、スキムミルクの代用として使うと脂肪分をミキシングの最初から入れることに繋がりますので、その分生地の繋がりが阻害され捏ね時間が多少長く必要になります。
バターミルクパウダー
バターミルクを乾燥させ粉末にしたものです。
バターミルクとは、バターの製造過程で得られる脱脂乳のようなものです。とはいえスキムミルクよりは乳脂肪が少し残っており、風味もバターのようなミルキーさがあります。
こちらもスキムミルクの代用として使うことが可能です。
加糖練乳
原料乳に砂糖を加えて加熱・濃縮したもの。
そもそも牛乳の風味というのは加熱殺菌によるコゲ臭が元となっていると言われています(実際に低温殺菌牛乳は高温殺菌に比べて臭いが弱いです)。
つまり、ミルク風味というのは加熱により向上するということ。
加糖練乳は製造過程で十分な加熱が施されるためミルク風味が強く、あらゆる乳製品の中で最もパンにミルク風味を与えられると言われています。
ただし糖分と水分が含まれるため、元々練乳を使わないレシピに加える場合は砂糖と水の両方を配合調整しなければならないので、計算は面倒です。
とはいえ計算方法さえマスターしてしまえば、保存性も良く使い勝手が良いことから近年ベーカリーでの使用頻度が高まっている印象があります。
生クリーム(純乳脂)
生クリームとは、生乳を脱脂乳と脂肪分を含むクリーム層に分離した後に、クリームの部分を取り出したものです。
このクリーム層に乳脂肪以外の成分をどれだけ残すのかによって、異なる乳脂肪割合の生クリームがバリエーションとして出来上がります。
よくお店で見かけるのは
35%、45%、47%あたりですよね
生クリームは液体なのでミキシングの最初から入れることになりますが、脂肪分が多いためグルテン形成が阻害されて捏ね時間が長く必要になります(他の乳製品とは比べ物になりません)。
同じ乳脂肪であるバターを使うよりもクセがなく、香りはクリアーながらもコクのあるパンを作ることが出来ます。
全国にブームを巻き起こした高級食パン専門店では、多くのブランドで生クリームが多量に配合されています。
生クリームってあるのと無いので、そんなに違うものなの?
そんな疑問を解消すべく、比較実験を行ってみました。
以下の動画をご覧ください。ビックリしますよ!!
スキムミルクはどれだけパンに効果を及ぼすのか?
スキムミルクなしで作るとどうなる?
もしスキムミルク有りのレシピであっても、無しにして作っても問題なくパンになります。
ですが、スキムミルクの効果である「焼き色の向上」と「風味の向上」が得られなくなるため、少し焼き色と風味が薄まる仕上がりとなります。
実際にスキムミルク有り無しで作り比べた結果を、こちらの動画で詳しくご覧になれます。
スキムミルクを大量に入れるとどうなる?
スキムミルクを大量に使えば
すごいミルク風味のパンになりそうじゃない?
僕もそう思って、実際に検証してみました!
ですが、スキムミルク自体そんなにミルク風味が強いわけではないので、パンの風味は期待するほどのミルキーな印象にはなりませんでした。
それよりも、発酵が著しく遅くなったり生地が妙に硬かったり、マイナスの効果が非常に目立つ結果となりました。
もしパンに濃厚なミルク風味を与えたいのであれば、練乳をたっぷり使用するか、あるいは長野県のご当地パン「牛乳パン」のようにミルクフィリングを使うパンにするのが最も効果的でしょう。
パン生地そのものにミルクの風味を目立たせるというのは、なかなか難しいことなのです。
スキムミルクと牛乳の違い
スキムミルクと牛乳は、計算さえすれば相互に代用が可能です。とはいえ全く同じパンが出来るというわけではありません。
スキムミルクの別名は脱脂粉乳で、文字通り乳脂肪を脱した粉ミルクです。
牛乳は低脂肪乳や無脂肪乳でなければ乳脂肪が含まれています。
乳脂肪の有無は焼き上がったパンのミルク風味に微妙な違いをもたらします。
こちらの動画でスキムミルクと牛乳の違いが詳しくご覧になれます。
牛乳をスキムミルクに置き換える方法
もし牛乳100gを使用する場合、スキムミルク10g+水90gで代用可能です。
つまり、スキムミルクと水を1:9の割合で使えば良いという事です。
全く同じ風味になるわけではありませんが、何も言われずに食べさせられたら言い当てられないくらいのわずかな差です。
比較して意識すればわかる…
その程度の違いです
もし普段あまり牛乳を買わないし飲まない人は、あらゆるレシピで牛乳をスキムミルクで代用してもらって構いません。
スキムミルクを牛乳に置き換える方法
逆にスキムミルクを用意できない場合は牛乳で代用することも可能です。
その場合の例を挙げます。
スキム3g→牛乳30gに変換(10倍量)
※牛乳の水分率を88%とする
牛乳30gに含まれる水分は26.4g
(30g×0.88=26.4)
水70g-26.4g=43.6g
A.「牛乳30g 水43.6g」に変換すればOK
スキムミルク使用上の注意点
スキムミルクは吸湿性が高く、そして非常にダマになりやすい食材です。
計量後放置するとすぐダマになるので、なるべく早めに砂糖や小麦粉などと混ぜ合わせておきましょう。
計量後すぐ捏ねるからといって小麦粉や砂糖などと混ぜ合わせないのも危険です。
仕込み水を投入した際にスキムミルクが一気に水を吸ってしまってダマになってしまう可能性が高いからです。
生地の中でダマとして存在するスキムミルクは、その後混ざりません。やはり粉物としっかり混ぜ合わせておくことをオススメします。
まとめ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
- 乳製品に豊富な「リジン」がパンのアミノ酸スコアを補完する。
- 乳糖は発酵で消費されず、焼き色や香りの向上に役立つ。
- 多くしすぎると発酵力や生地感に悪影響を与える。
自分の作り上げたいイメージを再現するには本当に必要かどうか、役割を知っていればその判断もできるはずです。
この知識を応用して、ぜひ色々なアレンジを楽しんでみてください!