湯種法でパンを作るとなぜモチモチになるの?
この記事では、湯種法でパンを作るメリット・デメリットや科学的メカニズムをはじめ、プロの間でもあまり知られていない本格的な湯種の作り方について解説します。
湯種法とは?
「湯種法」とは、生地に湯種を配合して作ることでパンのしっとり感や保湿性を向上させることが出来る日本独自の製パン法です。(別名「湯ごね法」)
湯種って何?
湯種とは、粉と熱湯を混ぜ合わせた生地のこと。
熱湯と混ぜ合わせることによって粉のでんぷんがα化(糊化)します。
でんぷんは焼成時の熱によってもα化が進みますが、湯種を使うことで最初からα化がある程度進んだ状態の生地となり、これこそが湯種法による様々な効果の要因です。
湯種にはイーストを加えないので、発酵種法(中種法や液種法など)とは系統の異なる製法です。
※製法の正しい分類についての詳しい解説はコチラの記事をご覧ください。
湯種法は中種法の仲間ではありません
(似てると言えば似てるけどね)
湯種法で作ったパンの特徴
- しっとり感が強い
- 保湿性が高い
- 消化に良く、噛めば噛むほど甘味が際立つ
- モチモチ食感
これらは全て、パンのα化度が高くなることで得られる効果です。
ちなみに、この効果を得るためのもう一つの製法として「高加水(多加水)製法」というものもあります。
これは通常より多量の水を生地に配合する製法なのですが、生地はとてもべたつきやすく柔らかく、手粉を多く必要とし難易度がかなり高いです。
ですが湯種法を使えば、高加水製法と同じくらいの水分量で仕込んだとしても湯種法の方が生地に硬さがあるため扱いやすく、そこまで難易度は高くないと言えるでしょう。
α化(糊化)とは?パンを理解する上で超重要な化学変化!
α化(糊化)とは、でんぷんを水と加熱することで、でんぷん分子が規則性を失いα状(糊状)になることです。
(一財)日本食品分析センター「糊化(α化)度」
お米を炊くとしっとりもちもちの「ご飯」になりますが、指で潰すとベタベタしますよね?
これもα化の現象で米のでんぷんが文字通り「糊」になることが原因です。
でんぷんは生のままだと消化に悪いです。
それはすなわち唾液中の酵素「アミラーゼ」による消化も進みづらいということなので、口溶けが悪く咀嚼を進めても甘味が出にくいです。
α化することで消化に良くなり、口溶けも甘味も改善されます。
α化するとなんで消化に良くなるの?
その理由を知るには分子レベルでの理解が必要です。
コチラの記事でα化について詳しく解説しています。
湯種はパン生地のα化度を高める
生米を炊いてご飯にすることで、でんぷんがα化し消化に良くなる。
パンに当てはめると、生地を焼くことででんぷんがα化して消化に良い「パン」になる、と言えます。
ですが、ただ焼けば良いというわけではありません。
でんぷんのα化には度合いがあります。
焼成不足で生焼けだとα化の度合いが極めて低く、もはや「パン」とは言えない未完成品です。
そのレベルまで行かずとも、焼きが浅すぎて「ヌチャッ」とした食感になっているパンは、熱で酵母菌は死んでいたとしてもでんぷんのα化度は低く、もちろん消化に悪いためお腹の中で菌のエサとなりガスが発生する原因にもなります。
白く焼く時、火通りの悪い型を使う時は要注意!
ところで実は、パンは基本的にでんぷんのα化度があまり高くありません。
でんぷんは加熱されると大量の水を吸う能力があるため、でんぷんの10倍程度の水があってようやく全てのでんぷん粒がα化出来ると言われています。
一方でパン生地内部のでんぷんと水の比率は約1:1。全てのでんぷん粒がα化するには深刻な水不足なのです。
お米と違ってパンを咀嚼し続けても甘さがそこまで変わらないのもこれが原因と言えるでしょう。
そんなパン生地の弱点をほんの少しでも改善できるのが湯種法です。
湯種は既にでんぷんのα化が進んでいるため、それを配合した生地は通常よりα化度が高い状態となります。
その結果、焼きあがったパンも他の製法のものよりα化度が高くなり、消化の良さや口溶けなど様々なメリットが得られるということです。
湯種法のデメリット
- パンのボリューム低下
- 生地がデリケートになる
- ミキシング時間が長く必要となる
湯種を作る過程でグルテンは熱で壊れます。
湯種法では一般的に使用する粉の1~2割を湯種用に使いますが、その割合が大きいほど“使える”グルテンは少なくなります。
つまり、強力粉100%のうち20%を湯種に使うと、その生地は強力粉80%分のグルテンしか使えないということです。
単純計算で考えると、薄力粉~中力粉ぐらいのグルテン量にしかならないと言えます。
その結果としてパンのボリューム低下や生地のデリケートさに繋がります。
グルテン量が少ない粉だとミキシング時間は短く済むって聞いたけど、なんで湯種法だと逆に長くなるの?
確かに薄力粉や中力粉で生地を作ると、強力粉の時より早く生地が完成します。
その考え方でいくと湯種法も使えるグルテンが少ないことから同様の結果になりそうに思えます。
諸説ありますが、大きな理由に「自由水の不足」が挙げられます。
湯種を作る際、本格的な作り方だと粉20%に対して熱湯40%を使用します。
一方、本捏ねで入れられる水は40%程度しかありません。およそ粉の半量の水しか使えないのです。
湯種
材料 | BP(%) |
強力粉 | 20 |
上白糖 | 2 |
食塩 | 2 |
熱湯 | 40 |
本捏ね
材料 | BP(%) |
強力粉 | 80 |
生イースト | 3.5 |
上白糖 | 4 |
脱脂粉乳 | 2 |
水 | 42 |
バター | 3 |
ショートニング | 3 |
通常のパン生地では粉100%に対して70%の水を入れられるので、それに比べるとかなり少ないです。
湯種に含まれる水分はでんぷんが強く抱きかかえているため本捏ねでのグルテン形成に使えません。
かといって、本捏ねで加える水をそれ以上増やすとベタつきが酷くなったり自重を支えられないパンになってしまいます(腰折れ1の原因)。
そのため、グルテン形成に必要な水分が不足した状態で仕方なくミキシングを進めることとなるため、生地の完成が遅れミキシング時間が長く必要になると考えられます。
それ以外にも、熱で壊れた”使えないグルテン”がグルテン形成の邪魔物となっている可能性なども考えられます。
「ボリューム低下」はある意味メリットでもある
湯種法によるパンのボリュームダウンはデメリットとして語られることが多いですが、視点を変えるとメリットとも考えられます。
湯種パンがモチモチに感じられる理由は、でんぷんのα化度が高いだけではありません。
膨らみが少ないことでパンの内相がやや詰まり気味となり、それがモチモチ感にもつながっているのです。
そもそも「モチモチ」って言葉の由来は何だろうね?
モチモチの由来は当然「お餅」でしょう。
お餅って基本的に中身が詰まっていてしっとり感があり、柔らかすぎず適度な歯応えがありますよね。
ふわっとよく膨らんだパンは、お餅の特徴からは大きくかけ離れています。
なので普通のパンを食べて「ふわふわしてる」と感じることはあっても「モチモチしている」とはあまり感じないはずです。
ということは、湯種によるボリュームダウンは「お餅」に近づくある種の手段であり、それはデメリットというより個性と言えるのではないでしょうか?
湯種の作り方
一般的な作り方【実は簡易的な製法!?】
- 十分に沸かした熱湯を用意する。
- 粉と素早く混ぜ合わせる。
- 冷蔵庫で十分に冷却してから本捏ねに使用する。
色々な配合例がありますが、粉より熱湯の量を少し多めにした方が、熱湯が粉全体に行き渡りやすく作りやすいです。
安全性や簡便性からこの方法を採用しているお店も多いです。
簡易的な製法だとα化度が低い
この作り方だと、25℃の粉に98℃の熱湯を混ぜた場合、湯種の温度はこうなります。
(25℃+98℃)÷2=61.5℃
ですが、仕込む湯種の量が少ないと室温の影響も受けやすいため、お部屋が寒いと更に温度が下がります。
混ぜ合わせるのに時間がかかってしまった場合も同様に湯種の温度は下がります。
実は、60℃程度の温度ではでんぷんの十分なα化には足りないのです。
でんぷんの完全なα化には最低でも70℃は必要です。
55~65℃はでんぷんが水分を吸って膨らむ「膨潤」という作用が起こり、でんぷんの外膜がふやけます。
これはα化の準備段階でしかありません。
そこから更に加熱が進み、70℃近辺からようやくでんぷん粒の外膜が破れ、中のアミロースやアミロペクチンといったでんぷん物質が流れ出します。
ここまで来て初めて「α化(糊化)した」と言えるのです。
とはいえ、全くα化していないわけでもありません。
粉に熱湯をかけた時に最初に熱湯と触れ合った部分は、98℃という高温を直接受けることになります。
ですが、混ぜれば混ぜるほど全体の温度は均一化されていき、しまいにはそれ以上でんぷんがα化できない温度にまで下がってしまうのです。
実際に家で鍋を使って本格的な湯種作りを実験しましたが、炊いたお米のような香ばしさがして、より透明度の高い湯種ができました。
その湯種で作ったパンは、簡易的な湯種よりも効果が顕著に現れていました。
本格的な湯種の作り方【プロでも知らない人います】
湯種法についてのデメリットで「作業に危険が伴う」と説明する専門書があります。
先ほどの方法ならそこまで危険性は無いのですが、より湯種のメリットを引き出せる本格的な作り方の場合は確かに危険が伴います。
こちらにその方法を紹介します。(業務規模向きです)
- ミキサーボウルの下にガスコンロを設置。
- ミキサーボウルの中にお湯とフックを入れ、沸騰するまで温める。
※フックを同時に温める理由は、冷たいフックでミキシングすると熱が奪われるため。 - 温まったフックをミキサーに取り付け、粉を投入し加熱しながらミキシングする。
この時ミキサーボウルは遠火で加熱する。 - 粘りが出てきたら終了。十分に冷却してから使用する。
この方法を用いることで湯種のα化度が極めて高くなり、湯種パンの特徴が最大限に活かされます。
この方法では湯種作成中の水分蒸発が多いのと、粉がより水分を抱き込むため、より多くの熱湯を使うレシピが使われます。(下記参照)
湯種
材料 | BP(%) |
強力粉 | 20 |
上白糖 | 2 |
食塩 | 2 |
熱湯 | 40 |
本捏ね
材料 | BP(%) |
強力粉 | 80 |
生イースト | 3.5 |
上白糖 | 4 |
脱脂粉乳 | 2 |
水 | 42 |
バター | 3 |
ショートニング | 3 |
色々な湯種のバリエーション
湯種に使う粉は強力粉じゃなくても良い!
湯種に使った粉のグルテンは熱で壊れてしまいます。
ということは…湯種に使う強力粉を代わりに薄力粉にしても問題ないのでは?
その通り!どうせ壊れるなら最初からグルテン少なくても良いんです。
実際に強力粉・薄力粉・米粉でそれぞれ作った湯種で比較した動画があります。
非常に興味深い結果が現れたのでぜひご覧ください。
湯種に砂糖と塩を入れるのはなぜ?
たまに砂糖と塩が配合されてる湯種のレシピがあるけど…何が違うの?
主に業務用レシピでよく見るパターンですが、目的は湯種の保存性向上です。
お店で作る湯種の量は家で作る時と比べてかなりの量です。
十分に芯まで冷えるのに時間がかかるため、その分傷みやすいと言えます。
塩と砂糖を添加することによって湯種内の浸透圧が上昇し、雑菌繁殖を防ぐことができます。
とはいえ全てのお店で取り入れているわけではないため、翌日~翌々日使用の範囲内であれば問題なく使えるのも事実です。
なので必ずしも塩と砂糖を後入れにしなければいけないわけではありません。
ただし、食塩2%使用のレシピにおいて湯種で食塩を2%使った場合、本捏ねで食塩は加えません。
ここで2%加えてしまうと湯種の2%と本捏ねの2%で合計4%の食塩量となってしまうからです。(下記参照)
湯種
材料 | BP(%) |
強力粉 | 20 |
上白糖 | 2 |
食塩 | 2 |
熱湯 | 40 |
本捏ね
材料 | BP(%) |
強力粉 | 80 |
生イースト | 3.5 |
上白糖 | 4 |
脱脂粉乳 | 2 |
水 | 42 |
バター | 3 |
ショートニング | 3 |
まとめ
ここで学んだポイントをおさらいしましょう!
- 湯種法は「でんぷんのα化(糊化)」を活用した日本独自の製パン法
- しっとりモチモチ、保湿性の高いパンが出来上がる
- 必要ミキシング時間は長く、生地がデリケートであるため難易度は高め
- 湯種の作り方次第でその効果は大きく変わる
湯種法を理解することは、同時にパンの科学をより深く理解することにも繋がります。
様々な製パン科学の恩恵が詰まった湯種法、作る時にはそのメカニズムを意識して作ってみると新しい発見があるかもしれませんね。
<脚注>
- 別称「ケービング」または「ケーブイン」。パンの側面や天面が折れてしまう現象。 ↩︎