捏ねないパンをパンチで鍛えても、しっかり捏ねるパンと同じにはなりません!

「捏ねないパンはパンチで鍛えれば、ふっくら良く膨らんで美味しいパンが出来る」

といったニュアンスで紹介されている捏ねないパンレシピを多く見かけます。

そのためパンチで鍛えさえすればしっかり捏ねたパンと同じ仕上がりになると思っている人が多いようですが、「パンチで鍛えた捏ねないパン」と「しっかり捏ねたパン」はそもそも全くの別物です。

それを解明すべく実際に作り比べてみました。具体的にどんな違いがあってそれはなぜなのか解説します。

いくらパンチを増やしても、捏ねたパンには敵わない

この動画でもわかる通り、焼き上がりのボリュームは一目瞭然です。

どんなにパンチで鍛えたところで、しっかり捏ねるパンには膨らみでも味わいでも敵いません。

パンチという作業は確かにミキシングと似たような効果を生地に与えます。

ですが「パンチ=ミキシング」ではなく「パンチ≠ミキシング」です。

そもそもパンチとミキシングがそれぞれ生地の中で何が起こっているのか、まずはそれをクリアにイメージしてみましょう。

それがわかれば、パンチがミキシングの代わりにならないということが理解できるはずです。

パンチは紙を何回も折りたたむようなイメージ

こんな例え方をする人は多分僕だけですが…

パンチって紙を何回も折りたたむのに似ています。

紙を折る

紙って折りたためる回数に限界があるって知ってますか?だいたい8回までしか折りたためません。

折り数を増やすごとに、紙はどんどん硬くなりますよね?元はペラペラで柔らかかったのに。

パン生地のパンチもこれと似たような感じがあって、生地を平らに伸してから、三つ折りを1回した生地と2回した生地では後者の方が生地のコシは強くなります。

さらに何度も三つ折りしようとすると、生地の弾力が強くなりすぎて十分に伸ばせなくなり、しまいには生地が破れてしまうことでしょう。

パンチで生地のコシを強くする、というのはこういうことです。

ちなみに、ただガスを抜くだけだと生地のコシはそこまで強化されず(ゼロじゃないけど)、生地内に酸素が供給されることによる酵母活性促進しか得られません。

※グルテン酸化促進による構造強化の効果も少なからずあります。

折り畳み回数が多くなるほど、紙と同じようにコシが強くなります。

ミキシングは生地の網目構造を細かくしていく作業

一方でミキシングは生地の網目構造をより細かくすることが出来ます。

一回のパンチで可能な折り畳み回数ってせいぜいMAXでも三つ折り×2〜3が限度かと思います。

ですが、ミキシング作業における可能な折り畳み回数は比べ物になりません。

ふわふわで良く膨らむパンを作るためには、生地の骨格である網目構造をより細かくする必要があります。細かい網目構造はその分だけ柱が細かく張り巡らされていることになりますから、とても丈夫で柔軟性に富みます。

たったの数回の折りたたみしかできないパンチと、幾重にも折りたたみができるミキシング、どっちがより細かい網目構造になるかは考えるまでもありませんね。

ソフト系とハード系では結果が異なる!?

今回の検証は基本的なシンプル食パン、いわゆるソフト系のパンでの実験でした。

ソフト系のパンはイーストがそれなりに配合されるので、捏ねずにパンチで鍛えただけではイースト臭が少し気になるし風味も中途半端なモノとなってしまいました。

(なぜこねが中途半端だとイースト臭が気になるのか?生地が弱い=ガス保持力が弱い。香り成分=揮発性。発酵で生成されたパンらしい発酵風味は香りですから揮発します。ガス漏れが多ければその分香りも一緒に逃げるでしょう。)

ですが、ハード系では逆に捏ねずにパンチで鍛える方がパンとしてはいい結果を生みます。

というのも、しっかり捏ねるほど生地のグルテンは酸化が進み、その酸化のおかげで強い骨格が出来上がるのですが…

酸化が進むほど粉の風味は薄れてしまうからです。

ハード系(特にフランスパン)は副材料の入らないシンプル配合故に、粉の風味はしっかり残しておかなければ物足りない香りのパンになってしまいます。

いくら発酵風味を主役にしようと言っても、それ自体はそんなに大きな香りではないので、やはり何かしらの素材の香りをベースに添えなければなりません。

食パンなどのソフト系には脱脂粉乳や砂糖などの副材料が香りを補ってくれるからしっかり捏ねても成立しているのです。

ちなみに「捏ねない→イースト臭問題」については、ハード系はそもそもイースト使用量が少ないので、捏ねない製法でもさほど問題にはなりません。

また、捏ねないパン作りが捏ねるパン作りよりも優れている点として「歯切れの良さ」が挙げられます。

しっかり捏ねたパンは骨格が丈夫なので噛み切ろうとした際にスグに噛み切れず「ムギュっと」感があります。歯がパンで一瞬止まるんですよね。

一方で捏ねないパンは歯がさくっと入ります。歯がパンで止まりません。

ハード系はただでさえハードですから、歯切れ悪くしてしまうと非常に食べづらいです。この点でも、ハード系はしっかり捏ねるよりも捏ねないで作ることが推奨されています。(もちろん、ミキシング度合いを少なくすればするほど、他の工程で工夫をしないと上手に焼き上げることは難しいです。)

目的をしっかりイメージした上で「捏ねない」をチョイスしよう

ここまで読んで勘のいい方なら「ソフト系でも素材の風味を主役にしたいなら捏ねないで作るのが良いってこと?」と気付いたかもしれません。

そうです、「素材の風味を主役にして歯切れの良いパンを作る」という目的がしっかりイメージできていれば、捏ねない製法をチョイスすることで良い結果が得られます。

つまり、良い風味を持つ良質な粉を使って、イースト臭が気にならない工夫を施したうえで、歯切れの良さという食べやすさを重視するならあえて捏ねないパンにする価値があります。

「ラクに作れる」というのも捏ねないパンのメリットではありますが、ラクさだけ得ようとするとどうしても美味しさは手放してしまいます。

ラクさ以外のメリットも得られるよう、粉のチョイスを工夫したり、配合を工夫したりすれば、ラクで美味しい一石二鳥なパンが作れちゃいます!

今後捏ねないソフト系のパンを作るときはそのあたりも検討してみてはいかがでしょうか?

この記事を書いた人
パン作り研究家
ナオキパン

当サイト及びYoutubeチャンネル「パン作りの教科書 / ナオキパンchannel」を運営。
パン作りのコツや製パン理論を科学的な観点からわかりやすく解説し、パン作り上達の楽しさを広めることに加え、正確な製パン情報の普及に努める。
ベーカリーや食パン専門店など数々のパン店立ち上げや現場責任者の経験有。
自律神経失調症によりパン業界を一時離脱した際に、自身の知識と経験が誰かの役に立つことを願い、2022年5月から本格的に情報発信活動を開始(現在は寛解しゆる~く復帰)。
パンシェルジュ一級。

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