白神こだま酵母やとかち野酵母って普通のイーストと何が違うの?
発酵力はもちろん、風味や生地感も異なります!
この記事では、「天然酵母」として扱われることの多い5種類のイーストを赤サフと比較し、発酵力から風味の違いまで徹底解説します。
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比較した6種類のイーストについて
今回の比較に使用したイーストは以下の6種類です。
- 白神こだま酵母ドライ
- 白神こだま酵母ドライG
- とかち野酵母インスタント
- 有機穀物で作った天然酵母(organic DRY YEAST)
- KUKKU Baking ドライイースト
- 赤サフ
それぞれのイーストの特徴を詳しく見ていきましょう。
白神こだま酵母ドライ
白神こだま酵母とは、世界自然遺産「白神山地」の原生林にある腐葉土から、製パンに適した特性を持つ酵母菌を選別分離し、更にその中でも発酵性・保存性に優れた菌株を培養して作られているパン酵母(イースト)です。
トレハロースを通常より多く含有する酵母菌であるために、ほのかな甘味や焼き色・保湿性の向上などが見込めるとされています。
イーストの形状的には予備発酵が必要な「ドライイースト」タイプですが、この製品は種起こしはもちろん予備発酵も不要というのが非常に優れた点です。
ただし、直接粉に混ぜて使うのではなく事前に35℃の水に溶かすことを推奨されており、これが予備発酵の役割を担っていると言えます。
「プチ予備発酵」みたいな?
一般的なイーストが持つような鼻にツンとくるイースト臭はせず、フルーティな印象すら覚える独特な匂いがします。
※以下、「こだま酵母」と略称します。
白神こだま酵母ドライG
白神こだま酵母ドライを更に細かな顆粒状に加工されたイーストです。
白神こだま酵母ドライと何が違うの?
以下に相違点をまとめました。
白神こだま酵母ドライとドライGの違い
ドライ | ドライG | |
使い方 | 35℃の水に溶かして使う | 粉に直接混ぜてOK |
顆粒タイプ | ドライイースト | インスタントイースト |
ホームベーカリー対応と書かれていますが、要するに「粉に直接混ぜて使えるよ」という意味で、手ごねで使っても良いし水に溶かして使うことも出来ます。
白神こだま酵母は業務用製品として作られている生イーストタイプがベーシックな商品であり、そのドライイーストタイプが白神こだま酵母ドライ、インスタントタイプが白神こだま酵母ドライG、ということです。
しかしインスタントタイプにしては珍しく、ビタミンCはもちろん乳化剤も添加されていないのが大きな特徴です。
白神こだま酵母ドライに比べてドライGの方がよりイースト寄りの匂いですが、フルーティな印象も残っており、鼻を刺すような刺激臭も感じません。
※以下、「ドライG」と略称します。
とかち野酵母インスタント
とかち野酵母は北海道十勝地方のエゾヤマザクラのサクランボから採取された酵母菌を培養して作られたパン酵母(イースト)です。
商品公式サイトによると無糖・低糖生地だけでなく多糖生地にも対応しているとのことで、金サフをはじめとする耐糖性イーストと同様にインベルターゼ活性が低い酵母菌であると考えられます。
インベルターゼ活性って何?
イーストの耐糖性に関わる重要な要素です。詳細は下記の記事をご覧ください。
とかち野酵母には予備発酵が必要なドライイーストタイプと予備発酵不要なインスタントタイプがありますが、今回は他のイーストと同じ条件で使用できるインスタントタイプを使用します。
いわゆるイースト臭はほとんど感じられず、例えるならチョコレートのような甘い香りが微かに感じられます。
こちらは一般的なインスタントイーストと同様に、乳化剤・ビタミンCが添加されています。
※以下、「とかち野酵母」と略称します
有機穀物で作った天然酵母(organic DRY YEAST)
ヨーロッパ産の有機小麦と有機トウモロコシを栄養源として培養した、ドイツで作られたドライイーストです。
乳化剤・ビタミンC不使用ですが粉に直接混ぜて使えるインスタントタイプです。
鼻を刺すような刺激臭はありませんが、ワインのような深みのある発酵臭が特徴的でなかなかクセのある香りです。
※以下「有機酵母」と略称します。
KUKKU Baking ドライイースト
粉末食品を多く取り扱っているパウダーフーズフォレスト株式会社のパン酵母(イースト)です。
フランス産の酵母菌を使用しているということ以外は詳しい情報が無いのですが、乳化剤・ビタミンCが添加されているインスタントタイプです。
一般的なイースト臭が全くない代わりに、なんとも形容しがたい独特な香りがあります。鼻を刺すような刺激臭はありません。
※以下、「KUKKU」と略称します。
発酵力を比較してみた
まずは発酵力の違いを比較するために、薄力粉と同量の水を混ぜて作る液種のような生地で比較してみました。
材料 | 重量(g) |
薄力粉 | 20 |
水 | 20 |
砂糖 | 2 |
イースト | 1 |
20gの水に砂糖を溶かし、そこにイーストを振り入れ混ぜてから薄力粉を加えて混ぜます。
1人で実験を行うため、最初に混ぜ終えたものと最後に混ぜ終えたもので時間差が生じてしまいます。
水温が高いとその時間差で発酵がグングン進んでしまうため、今回は20℃の水を使用し可能な限り誤差を縮め、混ぜ終えた後に30℃の発酵室へすべて同時に入れて比較します。
30分後
一番発酵が早いのが赤サフ、二番目にドライG、それ以外は現時点では同列に見えます。
+10分後
赤サフ・ドライG以下の順位が見えてきました。
三番がとかち野、四番は有機酵母とKUKKUが同列、こだま酵母が最下位です。
+10分後
赤サフは溢れるので離脱させました。
KUKKUが有機酵母と差をつけて、とかち野酵母と同列に躍り出ました。
+10分後
最終的にはとかち野酵母とKUKKUが同列、こだま酵母も後半の追い上げで有機培養に並びました。
混ぜ終わりの時間差による誤差も考慮すると、発酵力の差は以下のように考えられます。
- 赤サフ
- ドライG
- とかち野酵母、KUKKU(同列)
- こだま酵母、有機酵母(同列)
生地感の違い
イーストの種類が違うだけなのに、生地感もそれなりの差を感じられました。
ビタミンCが添加されていない白神こだま、こだまドライG、有機酵母の3種類は生地が柔らかく伸びやすい印象がありました。その中でも有機酵母が特に伸びやすく、最も滑らかな膜が出来ました。
ビタミンCが含まれているとかち野、KUKKU、赤サフはすこしコシがある生地で伸ばす際に抵抗を感じました。
ですが膜質の丈夫さはとかち野酵母・KUKKUよりも赤サフの方がほんの少し優れているように感じました。
焼き上がりの比較
大きさの違いはもちろんのこと、焼き色の違いが見られます。
焼き色が最も薄いのは赤サフ。発酵力が強い赤サフで作った生地は糖分消費が早く、他の生地と比べて糖分の残存量が少なくなったことが一番の原因でしょう。
この中で最も焼き色が濃いのは有機酵母。これは発酵力が遅いことによる残存糖分量が多かったことも要因ですが、それ以外の理由も考えられます。
推測ですが、有機酵母のイースト粒にはアミノ酸がいくらか多く混じっているのかもしれません。
有機酵母は穀物に麦芽酵素を加えて、酵素分解で生じた糖分を酵母菌の栄養源として培養していますが、これは自家製酵母の培養工程に似ています。
このとき、麦芽酵素にはでんぷん分解酵素のみならずたんぱく質分解酵素も含まれているため、穀物のたんぱく質がペプチドやアミノ酸に変えられています。
実際、粉で作る自家製酵母「サワー種」や「ルヴァン種」にも遊離アミノ酸1が多く含まれていることがわかっています。
パンの焼き色は「メイラード反応」という化学反応で作られますが、これは糖とアミノ酸が結合する反応です。
培養過程で生じたアミノ酸がイースト粒にも残っているのか、はたまた酵母菌がより多くのアミノ酸を細胞内に取り入れたのかはわかりませんが、いずれにせよ同じ程度の発酵力であるこだま酵母よりも焼き色が濃くなっているので焼き色の原因は残存糖分量だけではない可能性があります。
パンの側面に注目してみましょう。
他のパンと違って有機酵母だけ側面がツルツルです。
強力粉100%で作った食パンの側面は、通常ならある程度凸凹があるものです。
このように側面がツルツルになる要因は大きく分けて三つあります。
- グルテン量が少ない
- 酵素活性が高い
- グルタチオンによるグルテン結合の切断
今回の実験では全て同じ粉を使っているので、一番上の要因は当てはまりません。
真ん中の要因も考えづらいです。確かに有機酵母は麦芽酵素を利用して小麦とトウモロコシを糖化して酵母の栄養源を生成していますが、最終的には遠心分離で酵母菌を抽出しているので、このイースト自体に酵素が他より特段多く残っているとは考えづらいです。
しかし酵母の乾燥過程で生じる死滅酵母が他より多く含まれている可能性は高いです。死滅酵母からはグルタチオンが溶出し、グルテン結合を切断します。それにより実際に使った粉よりもたんぱく量が少ない粉で作ったかのような生地になります。
これが有機酵母パンだけ側面がツルツルになった要因と考えられます。
焼き上がりの大きさには様々な要因が関わってくるので、今回の結果が必ずしも正しいとは考えないで頂きたいです。
というのも、使用するイーストそれぞれで最適な発酵時間が異なるのはもちろん、最適な仕込み水量も異なるからです。
特に生地感の差が顕著であった有機酵母は、赤サフなどビタミンCが添加されているイーストに比べると生地が緩みやすかったです。
緩みやすいのに膨らむ速度は遅い。そのため赤サフと同じ大きさまで膨らませようと待ったとしたら、生地のコシが弱くなりすぎてしまいかえって窯伸び2に悪影響を与えかねません。
これは同じくビタミンC無添加である白神こだま酵母とドライGにも同じことが言えます。
なので本来、生地のコシが弱くなることを見越して仕込み水を減らして硬めの生地に仕上げたり、生地が緩みきってしまう前に大きく膨らむようイースト量を増やすなど、レシピ調整をするのがベストです。
以下の写真は焼成直前の生地の様子。
白神こだま、ドライG、有機酵母に関しては「本当はもっと待ちたいけど、生地のコシがだいぶ弱くなってて無理だ!」と思ったタイミングで焼き始めています。
故に焼成前の大きさが赤サフよりも小さいですね。とかち野酵母に関しては、最終発酵をもう10分は待ってもよかったかなと思います。ビビッて早々に焼いてしまいました。
ただし、赤サフが最もボリューミィなパンが作れるということは間違いないでしょう。
死滅酵母が少ないのか、はたまたビタミンCの添加量が絶妙なのか、生地の丈夫さでは群を抜いています。
味と香りの違い
味と香りの印象をチャートで表してみました。
横軸は香りの強さを表しており、左に行くほど香りが濃厚で、右に行くほどあっさりした香りです。
縦軸は旨味やコクなどによる味の強さを表しており、上に行くほどあっさりとした味わいのライトボディ、下に行くほど濃厚なコクや旨味によるフルボディとなっています。
最もシンプルな風味だったのは赤サフ。香りも味も、普段よく食べているベーシックな食パンそのものです。
香りも味も濃厚だったのは有機酵母。ダークで濃厚な発酵風味と旨味を感じました。
白神こだま酵母は有機酵母よりも明るくフルーティな発酵風味のように感じられ、旨味は強くないですが甘味が感じられました。
一方でドライGの方はその香りが少し弱まり、甘味もそこまで強くないためシンプルな味わいでした。
とかち野酵母は香り自体は比較的シンプルですが、コクがある味わいです。
KUKKUは明るい甘さを感じる香りが感じられますが、味自体はシンプルです。
イーストの種類が異なるだけで、まるで異なる小麦粉を使ったかと錯覚するほどの差が生じたのはとても興味深いです。
この6種類のパンを目隠しされた状態で試食した場合、言い当てるのが最も容易なのは赤サフでしょう。
なぜなら、この中では群を抜いてシンプルな味わいであり(悪く言えば風味が薄い)、後述する食感も明らかな違いがあるためです。
食感の違い
この断面を見て頂くとわかる通り、キメ細かさが全然違います。
この中で群を抜いてきめ細かなクラムを持つのが赤サフ。
食感もふわふわでムチっとした引きの強さがあります(悪く言えば歯切れの悪さ)。
白神こだまとドライG、有機酵母はふわふわ感では劣っていますが歯切れが良いです。
とかち野とKUKKUはそれらより少し引きが強くふんわりしていますが、赤サフとは大きな差があります。
ふんわり感と引きの強さにおいて赤サフは他と一線を画しているため、食べ比べればプロでなくとも違いに気付けるでしょう。
どうやって使い分ける?
個性の異なるイーストをどのようにしたら効果的に使いこなせるのか、その考え方をいくつかご提案します。
素材の風味を活かしたい時
香りの良い粉や副材料の風味を際立たせたい場合、香りの主張が控えめなとかち野酵母またはドライGを使うと良いでしょう。
とかち野酵母は香りの主張なくコクを増加させる印象があるので、他の素材を邪魔することなくパンをワンランク上の味へと引き上げることが出来るでしょう。
ドライGの発酵風味は明るくライトな印象で、一般的なイースト臭と比べたら断然こちらの方が素材を邪魔せずにパンの香りをレベルアップさせることが可能です。
味わい深い生地パンを作りたい時
バゲットをはじめとしたハード系やベーグルなど、発酵力の強さは重要ではないけど生地の美味しさで勝負することが求められるパンなら、香りと味わいの両面でパンをブラッシュアップできるこだま酵母または有機酵母を使うと良いでしょう。
こだま酵母で作れば芳醇でありながらも明るい印象の発酵風味が得られ、自然な甘味を感じられるパンになります。
一方で有機酵母で作ると奥行ある深い発酵風味とコク・旨味の向上で力強く味わい深いパンになります。
毎日食べても飽きないパンを作りたい時
大手パンメーカーの袋売り食パンがなぜ多くの人に愛され続けているのか?
それは、美味しすぎないからです。言い方を変えると味の個性が強すぎないから毎日食べても飽きないからです。
対照的と言える高級食パンは味が濃く、毎日食べると味に慣れてしまい飽きる上、ジャムやクリームなど甘いスプレッド類とは相性が悪く食べ方の選択肢も限られます。
甘くないパンに甘いスプレッドを塗るから、味の対比で美味しくなるんだよね
毎日食べても飽きないような、個性弱めのパンを作るなら赤サフまたはKUKKUを使うと良いでしょう。
赤サフは香りも味も大きく主張してこないので、最もオーソドックスな味わいのパンが焼ける上、引きが強くふわふわなパンを作るには最適です。
対してKUKKUは香りだけをほのかな甘さを感じる印象に仕立て上げることができます。もちろん、甘ったるい印象ではなくあくまで自然で優しい印象なので、毎日食べても嫌にならない香りのはずです。
もちろん、今回の実験で使っていないルサッフル社の金サフやセミドライイースト、普通の生イーストも同じ部類として考えて良いでしょう。
レシピの調整方法
今回の実験では全て同じ配合で作りましたが、その配合というのは世界標準である赤サフを基準に作られた一般的配合です。
そのため他のイーストには最適化されておらず、見劣りする出来栄えになってしまいました。
それぞれのイーストの良さを活かしながらもクオリティの高いパンを作るために、レシピ調整の考え方をいくつか提案します。
- イーストを増やす
- 水を減らす
- 硬水を使う
- グルテン量のより多い粉を使う
- 一次発酵の途中でパンチをする
- ガスを残しつつ強いハリをもたせる成形をする
- 型詰め生地量を増やす
これら全ての手法を取り入れる必要はありませんが、使うイーストや作りたいパンに合わせて上手く組み合わせることで、デメリットを補うことが可能です。
逆に避けた方が良い注意すべき点はこちら。
- 水の増量
- 酵素活性の高い粉の使用
- モルトや麹の使用量
- 成形でのガスの抜き過ぎ
- 赤サフと同じ生地量で角食を作ること
特に生地を緩ませる作用のある有機酵母を使う場合、酵素活性の高い生地を作ってしまうと余計に生地が緩みやすくなるため組み合わせる際は要注意です。
また、膨らみやガス保持力が弱くなる場合、同じ生地量で角食を作ると上までしっかり膨らまずに失敗してしまう恐れがあるので生地量を増やしましょう。
まとめクイズ
A.グルテン酸化を促進し、コシの強い生地を作る効果。
最終発酵では十分に生地を緩ませる必要があること、パンは引きが強く歯切れの悪い食感になることを留意しましょう。
A.×
死滅酵母から溶出するペプチド「グルタチオン」はグルテンのジスルフィド結合を分断するため、コシは弱くなりますが柔らかく伸びやすい生地になります。
<脚注>